ボーイミーツガール


次の日もその次の日も女はいた。相も変わらず白いワンピースを着ている。

一度視界に入れて逸らしてしまうと次に視界に入れた時、あいつは姿を消したけど、初めて会話をしたあの日からは二度目も三度目もずっとそこに存在した。それが嬉しくて、練習中に何度か手を振ってみれば、それに気づいたあいつはにぱぁっと笑顔を浮かべて大きく手を振り返してくれた。

「お前誰に手ぇ振ってんだよ」
「誰って…あいつ?」
「どいつだよ」
「あそこにいるじゃん。白いワンピース着た女。名前は知らねぇけど」
「名前知らねぇってなぁ…お前らどんな関係だよ」
「ひまわり?土?…ああ、スコップだ」
「はぁ?意味分かんねぇし」

頭おかしいんじゃねぇのって泉に毒を吐かれたけど、いつもの事だし、泉は誰にでもそんな態度だし気にしない。視線をフェンスの先に向けて笑い返すと、あいつも同じように笑う。どうやら泉にも他の奴らにもあいつの姿は見えない様子。だけどあいつは確かに俺の目の前に存在してるし、話だって交わした。しかも手を振れば笑って返してくれる。みんなに見えないのは少し遠目にあいつがいるから。

だけど休憩時間に三橋や泉を連れてあいつのところへ行ってもあいつはいなくなっていて、とても残念な気持ちになる。

「誰もいない、よ」
「おっかしーなー…」
「夢でも見てたんじゃねーの?」
「んな事ねぇよ!ぜってーいたって!つーかいるし!」

そんな日が何日か続いたある日、部活が終わってコンビニでバニラアイスとチョコアイスの両方を購入した。どちらも食べたくて買ったそれを袋に入れてもらってみんなと別れた。一つは今から食べてもう一つは風呂から上がって食べようか。いや、この際だから両方いっぺんに食べてしまおうか。

さて、どうしよう。どうするかを考え、がさごそと袋の中をさぐりながら自転車をこいでると、飛び出てきた野良犬に慌ててブレーキをかける。
ふと、顔をあげるとグラウンドの横にいて、意味もなくフェンスの傍に視線を向けるといつもの場所にあいつの姿があった。少しばかり気持ちが高ぶった。自転車を止める際も目であいつの事をとらえたまま。途中で消えてしまわぬよう、瞬きするのも忘れて駆け出した。

「ちわー」
「あ、また君か」
「なんだよー。俺じゃ不満?」
「いやいや、そうじゃないんだけど君も物好きだなぁと思いまして」
「物好き?俺が?なんで?」
「こんな私に話かけるところとか、十分そうだよ」

おかしそうに、だけどどこか嬉しそうに笑う女の手には相も変わらずスコップとひまわりが持たれていて、そういえばこいつは土を掘る事ができないんだっけ。前回初めて交わした会話を思い出しながらスコップに視線を向けると立ち尽くしていた女がその場にしゃがんだ。そのまま土をぺたぺた触って俺を見上げる。

「約束、覚えてくれてる?」

どうやら土を掘り返してほしい様子。言われなくたって掘り返してやるつもりだ。
地面を掘るために置かれたスコップを手に取ろうとした瞬間、「あっ」という短い声が上がる。前にもこういう展開があったような気がする。これがデジャヴってやつ?女の視線を追ってみると、それは俺の手にぶら下がるコンビニの袋に向けられいた。

「それバニラアイスだよね?懐かしい!」
「懐かしい?」
「私も現役の頃は毎日のように食べてたんだよ」
「え?現役の頃?お前何歳なんだよ?」
「あ、ほらほら、早く食べないと暑さで溶けちゃう」

地面に置かれたスコップを俺が手に取るよりも早くに持ち上げたのは目の前のこいつで、コンビニの袋から俺へと顔を上げて柔らかく微笑んだ。

そういえば俺、こいつの事何も知らないなぁ。年齢も名前もどこに住んでいるのかすら分からない。見た目は俺と同じくらいの年齢で、だけど年下かもしれないし年上かもしれない。だけど今、現役の頃はって言っていたし、年上という確率の方が大きい。でもそれが事実だという証拠はない。分かんねぇなぁ。

「…まぁいっか。なぁ、アイス食う?」
「え、いいの?」
「やるよ。チョコとバニラどっちがいい?」
「えっと、えっと、んっと…じゃあバニラ!」
「バニラな」
「…あ、ダメだ」
「?」
「私アイス食べられないんだった」

言ってる意味はよく分からなかったけど、しゅんと眉をたらしているところを見るとバニラアイスは好きなんだけどなんらかの理由があって食べられない。そういうものを読み取る事ができた。すぐに腹を壊す体質だからとか、そういったものなのだろうか。他にも何か理由があるのかもしれない。魔法とかそういうおかしなものが関係していたり、いなかったり。こいつが話してくれないと俺には何もわからない。

「早く食べなよ。君の分が溶けちゃうよ」
「なんでアイス食えねぇの?腹壊すから?」
「んーそんなとこかな」
「俺も一日にアイス五つ食うとさすがに腹壊すよ」
「普通の人はそんなにたくさん食べたりしないよ」
「そーか?」
「ほら、そうこうしてる間にもアイスが溶けちゃいそう」

袋を持ち上げるとガサリと音がした。中を覗いてみると水滴がたくさん付いたアイスの袋が二つあり、それを見た後に女を見る。

「私がいちゃ食べにくいでしょ?お母さんがご飯作って待ってるはずだから、それ食べながら早く帰りなよ」
「お前は帰らねーの?」
「君が帰ったら帰るよ」
「なんだ、それ」

またね。そう言ってスコップを持ったままの手を振り俺を見送る。こいつが帰ろうとする素振りは見られない。

とりあえず見送られているので背中を向けて歩き出す。アイスは今頃袋の中でドロドロに溶けている事だろう。家に帰って冷やしてしまわないと。

それにしても、アイスを食べる事ができないだなんて、病気なんだろうか。一見、病気をしているようには見えないけれど、もしかしたらそういう意味の理由もあるのかもしれない。でも、じゃあ、アイス以外の物だったら食べる事はできるのだろうか。

「なぁ、アイス食えねーなら別の物…」

買ってくるから、と、そう伝えようと振り返れば、そこにあるはずの姿がいなくなっていた。周りを見渡しても、さっきまで話をしていた女の姿はどこにも見当たらない。


#2 end

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