夏独特の乾いた空気が太陽による蒸し暑さを増していく。セミの鳴き声が夏という季節がやってきた事を教えてくれ、そうしてやっと気付く。ああ、今年もまたこの季節がやってきた。夏は嫌いじゃない。野球シーズンだし、むしろ好きな方だ。小学生の頃から決まって野球ばかりしてきた夏は今年も相変わらずで、ただ、そこにほんのちょっぴり不思議な出来事がココアに溶けるミルクのように入り混じってきた。ふんわりと甘く、そしてほろ苦く。

偶然ではなくて必然的だったのかもしれないその出来事を俺は今でも鮮明に覚えている


ボーイミーツガール


ある日の出来事。ふと、視界に入ったものに俺は釘付けになった。膝がギリギリ隠れるくらいの長さの真っ白なワンピースを着た女。瞬間的にモモカンに言われた指示を忘れて女に集中した。小さくもなければ大きくもない麦わら帽子を深くかぶった女の手には赤いスコップが握られていて、もう一方には大きなひまわりが握られていた。

誰だろう。せめてもう少しだけ近くにいたら顔が分かるのに。フェンスの先にいる女の表情は見えないけれど、ぼんやりとどこか遠くを眺めているように見える。

「なぁなぁ三橋。アイツ誰だと思う?」

近くにいた三橋を捕まえて自身の疑問に向かって指をさす。その問いに三橋はきょとんと瞬きをする。俺の指が示す物に視点を持って行き、そこで先程と同じような瞬きを数回。ぱしぱしぱし。そして首を傾げ始めた三橋に対し、俺も同じように首を傾げた。

「三橋?聞いてんのかよー」
「た、じまくん。誰もいない、よ」
「え?」

三橋の言葉に顔を女のいた場所へ戻す。が、そこにいたはずの女の姿はなく、気のせいだったのかもしれない。なんて思ってみたけど、次の日もその次の日もあの時見た女は同じ場所に姿を現した。毎回同じ服を着てスコップとひまわりを持つあの女に、溢れんばかりの興味を持った。

だけど俺が声をかけようと休憩時間に足を運んでみてもそこにあの女の姿はなくて、いつも空振り。
花井や阿部、栄口に水谷、部員全員にあの女の存在を話すと誰もが不思議そうな顔をした。どうやら俺以外あの女の存在に気付いていないようだ。

「そんな奴いたか?」
「いたって!つーかいるんだってば!」
「今もいるのかよ」
「今は…いない」




ある日、そこにはいつもの女がいて、その手に握られてるものは相変わらずで。

時間が経ってからもう一度視線を向けるとそこにはあの女の変わりに赤いスコップが置かれていた。遠くからでも分かるのは寂しい色合いにそれはそれは目立つ赤がいたからだと思う。俺はそれを意味もなく拾い上げ周囲を確認した。やっぱりあの女はどこにもいなくて、その日はスコップを手に持ったままベンチに戻った。

次の日、いつもの場所にあの女がいて、だけど今日はいつもと違った。今まで見てきた女はいつもどこか遠くをぼんやりと眺めていて、そんな女が膝を抱えて地面とにらめっこ。ベンチの下に置いておいたスコップを手に取り足を進める。

「ちわー」
「…」
「お前いっつもそこにいっけど、何やってんの?」
「え!?」

二度目の問いかけにがばっと顔を上げたその女は想像していたよりもかわいくて肌が白かった。ぱしぱしぱしと何度も目を瞬かせて俺を見つめてくる女を、俺も同じように見つめ返す。

「うわぁ、そっか!ごくまれに君みたいな人がいるもんね」
「?」
「ごめんね。久々すぎて分かんなかった。話かけてくれてありがとう。でも、」
「でも?」
「私と話すと他の人に怪しい目で見られちゃうよ」
「なんで?」
「んっと、その内分かると思うけど…」
「なんだよー言えよー」
「ダメダメ。私が私の事を誰かに話しちゃったら舌をちょん切られちゃう!」
「はぁ?なんだよそれー。そんな事あるわけ…」
「ないけど、ないわけじゃないんだよねー」
「変な奴だなーお前」
「とにかく私は私の事を話ちゃうと舌をちょん切られちゃうので何も話せません」
「ケチくせーなー」
「ちなみに話せない理由を話ちゃうと髪の毛が溶けちゃう魔法をかけられています」
「魔法?」
「そう、魔法」

そう言って女はニコリと笑った。

まるで本当に魔法にかけられているのだと言わんばかりの自身に溢れた表情。そこから伺える女の真実。俺には女が嘘を言ってるようには見えなかった。

女の笑顔がとかれて視線が下へと降りていく。「あ、」と、短く声を発し、それが俺の手中にある物に対して出てきたものだと理解したのはすぐだった。
女の手の中にあるべき物を女の手の中へ返す。嬉しそうにそれを受け取った女が言う。「君が預かってくれてたんだね」それはそれは柔らかい笑みで。

「いっつもそこで何やってんの?」
「えーっとねー」
「それも話したらどっか溶けたりすんの?」
「ううん。私ね、このひまわりを植えたいの」

ずいっと前に出されたのはいつも女の手に持たれていたひまわり。どうしてひまわりを持っているのか。一つの謎が解け、そして新たに謎が生まれてくる。

「なぁ、だったらなんで…」

ここにはひまわりが一つも植えられてないんだ?

女が現れてから数日。その数日の間に一つと言わず、二つや三つ。それ以上に植える事ができたはずだ。それなのに女のいる場所に植えられているひまわりは一輪もない。俺の見た限り、女は毎日ここに立っているだけで、植えたいだなんて意思はこれっぽっちも伝わらない。

解決したかった疑問を遮るかのように、カキン、と乾いた音がした。グラウンドに顔を向けるとみんなが練習を再開させていて、「やっべ!」出てきた声に反応を示す女はその場にしゃがみ込みスコップを地面にさした。ザクッと、地面にめり込んだ音が耳に届く。

「悪ィ!俺戻んねーと!」
「君も野球部?」
「え?君も?」
「あ、監督さん女なんだ。こっち見てるよ?」
「げっ」

遠く離れた場所にいる監督と目が合う。こりゃ間違いなく頭をぎゅーってされてしまう。「すみません!すぐに戻ります!」そう叫べば他の部員がこっちを向く。呆れた表情をする者、俺がここにいる事にたった今気づいた者、様々な表情が俺を見た。

「じゃーな!」
「じゃーねー」

急いで戻ろうと踵を返そうとしたその瞬間、地面に目を奪われた。先程地面にささったであろうスコップが女の手の中におさまっている。問題はそこではない。地面にささった音も、ささったところも見たはずなのに、地面に残る跡が一つもない。俺の意識が監督達にいってる間に直したのか。そうだとしても少しくらい跡が残るはずだ。じゃあ、なぜ、地面は綺麗なままそこに存在しているのだろう。

「私ね、土を掘る事ができないの」

俺の表情を読み取ったのか、女はがっかりとした表情を浮かべてしゅんと眉をたらして俯いた。そんなバカげた事があるわけがない。だけど現に今、目の前で起きているのだから信じる他に何もない。落ち込む女と視線を合わせるために中腰になって顔を覗き込む。女はゆっくりと顔をあげたが表情は先程見た笑顔とは真反対なもので。

「今度俺が掘ってやっから、そんな顔すんなって」
「ホント?」
「ああ、だから約束な!ゲンミツに!」

言うだけ言って俺は背中を向けた。少し進んで振り返れば女の姿がまだあって、俺に向かって手を振る。それに俺も同じように答えて、こちらを見てくる監督の元へ猛ダッシュ。

なんて謝ろうか、なんて。そんな事を考えながらも、後ろにいるであろう女の事を考えた。

どうか、明日もあいつと話ができますように。


#1 end

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