菜の花がたくさん咲く畑を見つけた。その中心に立ってみたいと、そう思った。どんな気分になれるのだろう。意味もなくその場に立ち尽くしてみれば頭の中身はカラッポになってくれるだろうか。少しでも清々しい気持ちになれるだろうか。花粉症だったらくしゃみばかりしてしまうんだろうけど。もしそうだったらロマンのかけらもない。それでもいいや。そう思い黄色い中に飛び込んだ。走る。どこまで行ってもその色が絶える事はない。息をするのが苦しくなってその場に座り込んで呼吸を整える。わたしは黄色に埋もれて誰にも見つからない。

はずだったのに。



「やっと止まった」


そう思ったのもつかの間、わたしを見つけ出す事のできた者が現れた。

口から出ていく二酸化炭素の量からして、わたしと同じく走ったのだろう。なぜ。わからないけど、今1番視界におさめたくない人物が目の前にいる事は確かだった。声の持ち主が誰なのかを確かめるためだけに上げた顔を膝にうずめるけど。ふう、と、息を吐く音がして再び顔を上げてしまった。


「いきなり走り出すから驚いたよ」
「なにしてるの?」
「それはこっちのセリフだよ」
「…なんか用?」
「僕はただ君を見かけたから声をかけようとして…」


だから走ってきたと言う彼も黄色だ。わたしたちを囲む黄色よりも遥かにキラキラしていて眩しい。わたしと目線を合わせるよう屈めたその体制により彼の少し長めの髪がゆらりと揺れる。その光景が綺麗で、見とれてしまいそう。


「わたしに用?」
「そういうワケではないけど…」
「そう」
「…用もなく追いかけてはダメだったかな?」


別に。そう小さく吐き捨てて視線を逸らす事しかできなかった。
どうしてこんな時にこの人と出会っちゃうのかなぁ。今1番会いたくない人だ。


「清水くん」
「なんだい?」


清水くんも清水くんだ。わたしなんかを見かけたって追いかけてくれなくたっていいのに。むしろほっておいてくれたらありがたいのに。なんて。そう思う反面実を言えばちょっぴりどころかかなり嬉しかった。そんな物は言葉にして出せないのでツバと一緒に飲み込んだけど。


「清水くんも暇だね」
「そんな事もないよ。これから帰って稽古をしなくちゃいけないからね」
「だったら早く帰りなよ。妹さん、清水くんの帰りを首を長くして待ってるんじゃないの?」
「雷鳴なら大丈夫。それよりも、」


膝を丸めて抱え込むわたしと同じ体制になる清水くん。首を傾げると黄色が太陽により反射した。すごくき綺麗だ。そんな清水くんを数秒間瞳に映すだけで目がチカチカして、くらくらする。目を閉じると余計なものが溢れてしまいそうで閉じるに閉じられない。今目の前にあるこの綺麗な光景を、ずっと瞳に閉じ込めておきたい。

だけどそうもいかず、目を閉じて膝に顔をうずめこむ。この顔を清水くんに見られないよう。他の誰にも見られないよう。吹いた風がいろんな隙間から入ってくる。生暖かいけどほんのり冷たくて心地良い春の気候。


「…大丈夫?」


心配してくれる清水くんの心遣いが優しくて心臓に染みていく。だけど同時に悲鳴を上げてしまっている心が痛い。下を向いたままの顔を上げたいけど、上げると目の前には清水くんがいて、こんな顔は見られたくないなぁ。


「清水くん。わたしね、」


なんだい?と。すぐそこから返ってきた声はとても近い場所にいる。なんだか嬉しい。だけど不思議と感じるのはその逆のものもあるわけで。


「わたし、隣りのクラスの女の子みたいに綺麗じゃないし可愛くもないけど、」


今日は朝起きた瞬間からついてない。寝坊はするし、授業中にお腹は鳴るし、問題あてられても解けなかったし、なにもないところで転んだり、トイレから出てしばらくの間スカートがめくれてた事にも気づかなかったし、厄日なのかなぁ。なにかが起こる前に家に帰ろうとしたけどそうする前に次の嫌な出来事が起きてしまうし。


「ずっと清水くんの事、好きなの。だから清水くんが、欲しい」


いくらなんでも投げやりにものを言いすぎた。我ながら気持ち悪い。清水くんが欲しいだなんて。ドン引きだ。
顔を上げる事ができない。清水くんを視界に入れるのが苦しい。窒息してしまいそうなくらいに。

もうこんな感じで清水くんと話をする事ができなくなるんだろうな。そう考えると今まで感じていた以上の痛みが襲ってきた。苦しくてたまらない。だけど清水くんなら、気まずいなりに話しかけてくれそうな気さえする。だって清水くんは優しいから。だけど今まで通りではいられない。後には戻れない。

ああ、なんて事をしてしまったのだろう。

押し寄せてくる後悔の波に、このままどこか遠くまで流されてしまいたい。


「…もしかして、見た?」


清水くんの問いかけに「うん」と小さく答えて首を縦に振る。「そう」と短く返事が返ってくると沈黙が流れた。

気まずい。なんで気持ちを伝えちゃったんだろう。こんなはずじゃなかったのに。

今日起きた出来事で最も最悪だった事。清水くんが他の女の子と一緒にいた事。それだけならいい。別に気になる事じゃない。清水くんが誰と仲良くしようがわたしには関係ない。興味もない。わたしという人間とも仲良くしてくれるのならなんだっていい。ただ、そう思わなかったのはその子に対して清水くんが赤面していたから。一緒にいた女の子も同じ色をしていたから。気に入らない。くだらなくて自分勝手すぎる感情に押しつぶされてしまいそうなくらいに。わたしという人間が消えて無くなってしまいそうなくらいに。呼吸をするのを忘れてしまった。

この世に生息している人間なんて数えきれないくらいいる。だけどわたしじゃない誰かが清水くんに気持ちを伝えるのって、ましてやその光景を目の前にしてしまうのって、すごく嫌だ。


「もう行って。お願いだから、早く」


こんな事を考えてしまうわたしはなんて愚かで、そして自分勝手なんだろう。ふつふつと湧き出てくるものは嫌悪感。どうしてわたしはわたしなんだろう。もっと違うかわいくてきれいで素敵な女の子だったらよかったのに。


「顔を上げてごらん」


清水くんは優しい。だから好きになったんだろうなぁ。

だけどその優しさを今使わないでほしい。壊れてしまいそうなくらいに悲しくなった。びりびりに引き裂かれてしまうみたいに痛くてたまらない。大好きな清水くんのその優しさが、辛い。


「やだって言ったら?」
「理由を聞いても?」
「わたし、今すっごく酷い顔してるから」


見られたくない自分が出てる時に気持ちを伝えるだなんて。情けない。こういう感情に身を任せないと伝えられなかったのだろうか。本当に情けない。
どうせなら綺麗な心のまま気持ちを伝えたかった。見ていてほしいわたしのままで。そうすれば例えどんな結果が返ってこようが笑ってられるのに。

こんなどろどろした気持ちに流されてしまうだなんて、最悪。

自己嫌悪に浸っていると右耳に違和感を感じた。気になって顔を上げるとわたしの瞳いっぱいに清水くんが映って。

あ、顔上げちゃった。


「ほら、きれいだよ」


ふんわりと柔らかい笑みを浮かべる清水くんの左手にはわたしたちを囲む黄色い花が持たれていて、それを自分の耳にかけるともう1度同じように微笑んだ


「お揃いだね」


小指でつなぐ酸っぱいメルヘン


清水くんは優しくて、あたたかくて、甘くて、柔らかくて。そんな清水くんを大好きだと思うわたしは一生諦める事ができないんだろうなと思った

「ズルいよ。清水くん」

ぐしゃぐしゃの顔のまま笑えたのは間違いなく清水くんのおかげ。不思議と同じくらい綺麗に笑っていられる気がした。



2011 12/7/17(再録)
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