地球に降り立ってから早くも1ヶ月が過ぎようとしていた時だった。

地球とは汚れた惑星だと思った。そう思ったのはこの地に足を付けた時からだ。いろんな惑星の地に足を付けてきた。地球も他の惑星も見た目は違えど中身はそう変わらない。そこに住む人間や宇宙人はみんな汚い。金や権力に埋もれて好き放題やっている。そんな事を言えば武力でいろいろと押さえ付けている俺も人の事は言えないのだけれど。
どこの惑星にたどり着いても襲われる症状は変わらない。血が騒ぐ。父親と母親に分けてもらった夜兎の血が。ほんの少しの血を見ただけで体中の血液がざわざわと活動を始める。そして次の瞬間には見覚えのない顔が血塗れになって足元に転がっている。そんな事がしょっちゅうだ。しかし不思議と後悔はない。むしろこの行為によって快感を得るのだ。いつからこのような事になってしまったのだろう。きっと生まれたその瞬間から、俺は血を求めるようになっていたんだ。きっと、この運命は必然的。

そして今日も同じ事を繰り返すはずだった。

殺される理由のない人間達が俺の都合によってこの世界から消されていく。しかしそんな人間達に生きる意味なんてないのだ。だから俺は次々と血が欲しいが故に殺しを続ける。1人、2人と不細工な悲鳴を上げていきながら息絶えていく。そんな奴らの死に怯える表情がたまらなく好きだった。しかし弱い奴らは抵抗を見せない。黙って殺されていくよりも少しくらい抵抗してくれた方がより一層楽しめるのに。だがここの住人は戦う術を持っていない。だから弱い。弱い奴に生きる価値なんてないのだ。この世は弱肉強食。弱者は強者に食われる他にない。

残るは1人。こいつはどんな風に殺してやろうかな・と、指についた誰のものかわからない血液をペロリと舐めた。最後に残ったのは黄色い着物を着た女だった。黄色と赤が混ざるとどんな色になるんだろう。そんな事を思いながら右手を振りおろそうとした。

その時だった。


「なにが起きたんですか?」


女は視線を泳がせながら地面に手を当てた。その手はなにかを探るように地面の上を彷徨い続ける。


「誰かいませんか?」


振りおろそうとしていた手がいつの間にか力を無くし重力に従っていた。

女の白い手に誰のものかわからない血液がつく。そうする事によって女の肌の白さが際立って、今までに感じた事のない気持ちがふつふつと湧いてきた。


「誰もいないよ」


俺のその答えに女が顔を上げる。女の目は今までに見た事のない色をしていて、その目に吸い込まれてしまいそうな、そんな錯覚に陥った。









「こんにちは」
「あら、その声は…またいらして下さったんですね」


どういうワケだか女を殺し損ねてしまった。それに加え女の住まいにまで足を運ぶ自分がいるのだ。女は不思議な何かを体中から放っているかのようで、俺はそのせいで彼女を手にかける事ができなかったのだろう。きっとこれも運命の1つだ。


「旅人さんは旅をしているんでしょう?」
「ああ、そうだよ」
「ここにはいつまで滞在するんですか?」
「さあ、それは俺にもわかんない」


女は盲目だった。瞳に存在する色はない。そんな女の瞳をじっと見つめていると不思議と吸い込まれそうになる。そして女の瞳の色は俺を飽きさせる事はなかった。


「旅人さんが毎日来てくれて嬉しいわ」


俺がどんな奴かを理解した上でこんな事を言っているのだろうか。女はいつもニコリと微笑む。そして同時に謝るのだ。


「ごめんなさい。お茶くらい出してあげたいところだけど、あたしにはそれができないから…」
「構わないよ。そういうつもりで来たワケじゃないから」


一体どういうワケでこんなところまで足を運んでいるのだろう。それは俺にも、この女にもわからない。

女は悲しそうに眉毛を下げる。女は自分が盲目である事を嫌っていた。そりゃあ当たり前だろう。目が見えなければやれる事が限られるのだから。しかし女の考えは違った。もっと世界の色が見たいの、なんて。そんな呆れるような理由にあくびも出て来なかった。何故このような世界の色を見たいと思うのだろう。世界はこんなにも汚いのに。しかし俺はその事を口にせずただいつものように上辺だけの笑みを浮かべた。

そしてようやく気付いたのだ。女を殺せなかった理由に。女は盲目な故に世界を知らない。汚れた世界を知らない女の瞳は何も映す事はなく、無なのだ。そんな女の瞳の色が好きだと思った。戦う事も逃げる事もできない女は弱い。普通の弱者よりも儚くて脆い。だからこそ、女のそばにはいつも男がいた。男は俺を見かけると丁寧に一礼をしてお茶を出してくれる。女をあの場から助け出したのだと勘違いをしているのだ。つまり、女を殺そうとした殺人者は女を助けた英雄というわけなのだ。そんな矛盾を知るのは俺だけで、その事を考えると笑いがこみあげてくる。


「笑ってるの?」
「ああ、そうだよ」
「見たいわ。旅人さんの笑顔をわたしに見せて」


女の両手が伸びてきて、俺の顔をやんわりと包み込んだ。そこで動く親指がくすぐったい。女はこうして目で見えない分を手で触って感じ取っているのだそうだ。手だけでいったいなにがわかるのだろう。俺にはさっぱりわからない。


「くすぐったいよ」


右頬に当たる女の手をつかむ。そこにはキラリと光る銀色がここに存在するどの色よりも1番に輝いている。ドクン・と心臓に送られた血液によって心が大きく揺らぐ。


「旅人さん。そろそろあなたの名前を教えてはくれませんか?」
「ダメだよ。俺はすぐにいなくなるから」
「…そう。だけど旅人さん。あなたはここに毎日来てくれるじゃないですか」
「あはは、それもそうだね」
「どこにも行かないで。旅人さんがいなくなったら寂しいわ」


眉毛を下げて言う女の肩を抱いて男が首を振る。旅人さんに迷惑をかけちゃいけないよ・なんて事を口にして。

つかんでいたはずの女の手は俺の手中から姿を消した。瞬時、体中の血液がざわつき始める。それを押さえるために左腕をぎゅっとつかむ。女の手をつかんでいたはずの右手で。その時悟ってしまった。ああ、もう少しの間知らない振りをしていたかったのだけれど。

仕方ない。これが俺の運命なんだろうから。



2011 12/16(再録)


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