夢 | ナノ






 そうしてやってきた放課後。三時間目からそわそわしてたあたしには一時間が一日に相当するくらいの長さに感じた。幸村のメールには「今日は6時半には終わるから部室で待ってて。」と書かれていたので用事を済ませてから部室にお邪魔することにした。

 コートとマフラーをしていったけど、やっぱり陽が落ちると寒い。指先がきんきんに冷えて痛いくらいだ。速足で部室に向かうとパコンパコン爽快な音が聞こえてきた。横目で見ると幸村が弦一郎と打ってる。上は長ジャージを着てるみたいだけど、下はハーパン…。元気だな青少年…。

 部室に入ると暖房が付いていたみたいで温かかった。冷えていた指先もじわじわと熱を帯びてくる。コートと鞄をベンチに置いといて、とりあえず暇だから友達から借りた本を読む。

そうして時間を潰していると誰かが部室に入ってきた。こっちの部室はレギュラーとOBしか入れないから知り合いだろう。そう思って顔をあげるとそこには仁王がいた。あたしを見るなり仁王の眉間には縦ジワが三本ぐらい入った。(わかりやすいなぁ…)


「…何、しとんの?」

「え、人待ってんの。」



しーん。

質問したくせに無視かよ。最近仁王に無視されっぱなしなのは気のせいですかね。

ちょっといらっとしたけど部活が終わったらしい精市を先頭に他のレギュラーが続々と部室に入ってきたので気がそれた。



「おーなまえじゃん!また仁王待ってんのか?」



あ、ブタ…ブン太。いつものことながら騒がしいですね。はははっ。



「違うよ。てか着替えるならあたし出るね。」



ベンチから荷物を持って外に出る。ドアを開けた瞬間冷たい風が下から上にふきあげてきて鳥肌がたった。
(丸井が早く閉めろぃ!と叫んでて煩かった。)



ドアにもたれていると急に幸村が爆弾落としてきたときのことを思い出す。あの日もこうして暗くて寒かった。後ろではレギュラーの楽しそうな声。

思い出すとなんだか恥ずかしい。



熱くなった頬を抑えてうつ向いているとドアが開いてびっくりした。慌ててよけるとネクタイが少しゆるんだ幸村。


「ゴメン、ぶつかった?」

「え、あ、だ、大丈夫!」

「ふふ、良かった。じゃあ行こうか。」


横に並んで歩く。その間クラスのこととか、昨日やっていたテレビのこととかなんでもない、ただのカップルのような話をしている状況になんだか胸がドキドキと踊った。加えて辺りはおいしい食卓の匂いがして頬が緩む。



あ、おいしいと言えば。



「今日ってクリスマスパーティーじゃなかったの?」


聞くと幸村はすぐに理解したようで「あぁ、参加しなかったんだ」と言った。




「やっぱり、今日くらい彼女とすごしたいだろ?」




彼女、幸村の口からそんなことを言われるとは思ってなくて頭の中が一気にフリーズした。恥ずかしさに視線をあちこちに泳がしていると不意にキスをされた。重ねるだけの、優しいフレンチキス。あたしはもっとパニックになって、ただそこに立ちつくすのみだった。



「かわいい。」



唇を重ねたまま幸村は低い声でそう言った。段々状況も理解できてくるとあたしの身体は弛緩してきた。脚が諤々して止まらない。とにかくその場に崩れ落ちないように幸村の腕をつかむ。すると幸村はその手をやんわりよけて代わりに指を絡め合わせてきた。

そのまま何回かキスをしてようやく離れるとまた羞恥心がぶり返してきて、うつ向くと電柱の光で左薬指がキラリと光ったのが見えた。



「こ、れ…。」

「うん、クリスマスプレゼント。」



いつものような綺麗に笑う幸村じゃなくてそこには男の子の顔をした彼がいた。



「あ、あたし、何も用意してないよ…?」

「ん、大丈夫。もうもらったよ?」




顔をあげるともう一度キスされた。




「メリークリスマス。」



死んじゃうんじゃないか、聞かれちゃうんじゃないか。
心臓が煩い。