ボクらが押し黙っていると、苗木クンがなにかに気が付いたように「あっ」と小さく声を上げた。一気に苗木クンに視線が集まる。
「…あ、のさ…ボク、分かっちゃったんだ、けど…」
すぅっと息を吸い込むと、緊張したような面持ちで苗木クンは言葉を紡ぎ出した。
「なまえさんの記憶喪失が本当だったとして、を頭に置いてね。
この記憶喪失は強制シャットダウンをすれば治るんだ。けど強制シャットダウンをしてしまえば、それを未来機関にそのまま報告しなければいけない。そうすればそれが"何故"なのかを報告しなければいけないんだ。
"なまえさんの記憶を元に戻したいから行なった。"
そう報告したとするね。でもそれを絶望嫌いな未来機関はどう解釈すると思う?」
そう言い終わってから苗木クンは一拍置いた。ボクたちは顔を見合わせる。それと同時に日向クンは察したように苗木クンへと視線を戻した。
「…"みょうじなまえが絶望の記憶を思い出した"…」
そこでボクたちも完全に察した。…なまえさんが完全に"絶望"だと認識され、その絶望は処分される。つまり、
「…うん。皆の察した通り。
"みょうじなまえは処分される"…つまり殺される
だから強制シャットダウンは絶対にしちゃいけないんだ」
思わぬ壁にぶち当たった。あの堂城というヤツが、未来機関はプログラムに前向きになった。絶望にも希望を見出してきた。と言っていたらしいが、ボクにとってみたらそんなはずはない。
絶望が希望を心から憎むように、希望も絶望を心から憎んでいる。
それはボクにも言えたことだ。希望を心から愛するからこそ、絶望が憎い。そして希望を輝かせる絶望が憎くも愛おしい。
「…でも、このままプログラムを何事もなく終了させてしまったら、なまえさんの記憶は元に戻らない…」
「…どうすればいいんだよッ」
ダンッと壁に行き場のない怒りをぶつける日向クン。それが何にもならない事は本人にも分かっているだろう。
「…簡単な事だと思うよ」
「えっ?」
「簡単なクエストでも、ダンジョンのレベルは高いけどね。
つまり、記憶を操作した人を探し出して、直してもらえばいいんだよ」
簡単そうに言う彼女を見ていると、本当に難しいのかさえも分からなくなってしまう。七海さんは小さく伸びをした。
「それか本人にショックでも与えて思い出してもらう事。その二つしか方法はない…と思うよ?」
七海さんの言葉にお互い顔を見合わせる。自分の出来る限りの事はしよう。皆の瞳はそう語っていた。さっきよりずっと希望に満ちた表情をしている。
「じゃあボクは…十神クンや皆に今の状況を説明して、協力してもらうよ。もしかしたら未来機関の誰かのミスかもしれない」
「じゃあ俺は皆に説明してみる。もしかしたら状況は悪化するかもしれないけど、皆の協力は必要だからな」
「…うーんと、じゃあ私も日向くんと一緒に説明するよ」
各々がこれか自分がやるべき事を宣言する。ボクは何をやるべきなのか、自分では何も分からない。そんなボクを分かっているように声をかけたのは日向クンだった。
「狛枝はみょうじの隣にいてやれよ。みょうじに説明してやれ。記憶をなくす前のアイツの立場とかを」
「…それって、ボクたちが付き合ってる事とかも?」
「ああ、もちろん」
爽やかに笑う日向クンを見ていると、希望がボクを満たしていくのが分かった。苗木クンも七海さんも、ボクの背中を押すように微笑んでいる。
…やっぱり、希望は前に進むんだ。
…なんて、希望のマネをしてみたり。
ボクの足場に一本の道が出来た気がした。
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