顔を手で覆い、赤く染まる顔を隠す。狛枝くんは「なまえさん?」と笑いを含んだ声音で話しかけてきた。コイツ、絶対わざとだ。
「本気だよ。絶対に3年後、迎えに行くから」
さっきまでヘラヘラと笑っていたのに、今は真剣な顔でこちらを見ている。そのコロコロと変わる表情が私の前だけ、と気付いたのはごくごく最近だ。『超高校級の』皆に嫌われたくない、という気持ちがあるから、いつもはヘラヘラと笑っているのだろう。そして、この不安定でワガママな狛枝くんが本当の狛枝くんなのだ。
「待っててね?」
「…仕方ないから、待ってやろうじゃない」
仕方ない、と言いながら満更でもないのだが、その気持ちは心の中にしまっておく。狛枝くんは私の答えに「ありがとう」と幸せそうに笑った。昨日から狛枝くんは幸せそうに笑うことが多い。こちらも幸せになるのだが、その度に心臓が高鳴ってしまうのはツラい。
「…そろそろ朝食を食べに行かない?お腹減っちゃった」
「ボクもそう思ってた」
「嘘吐き」
「嘘じゃないよ」
そんな会話をしながら、コテージを後にする。今日は苗木くんと日向くんが来なかったが、もしかしたら気を遣ってくれてたのかもしれない。むしろ気を遣ってくれない方が嬉しいのだが。
とりあえずレストランに行く。レストランへの階段を登ると、なにやら騒がしい。狛枝くんと顔を見合わせていたが、思い切ってドアを押し開けた。
「…ーー堂城さんッ!!?」
堂城さんが皆に囲まれてげっそりしていたのだ。狛枝くんは堂城さんを見たことがないからか、目を見開いていた。
「…みょうじさん、た、すけて…ッ」
「え、」
私の反応は正常だったと思う。皆にもみくちゃにされていく堂城さんが、私の方に手を伸ばして助けを求める。そんな漫画のような光景。狛枝くんが私を守るように、前に立ち塞がった理由が分かる気がした。
「きょ、響子さん、これは…!?」
隣に進み出てきた響子さんに、今の状況を聞く。すると、響子さんは涼しい顔で「さぁ?皆、気に入ったんじゃないかしら」と答えた。そんな答えでいいのか、と若干突っ込みたい気持ちもあったが、心の中にしまう事にする。
「…なに?アイツ…」
「堂城和也さん。"超高校級の陸上選手"で未来機関の人だよ。物資支給の時にお世話になったんだ。しばらくはジャバウォック島で一緒に暮らすの」
「…ふぅん…」
超高校級なのに、彼がここまで敵意を剥き出しにするのは珍しい。いつもの狛枝くんならば「超高校級だって!?すごいじゃないかっ!!」などと言って、あの人たちに混ざるのだろうが、今の彼は「はぁ?」と言いそうな剣幕で睨みつけている。
「なんでそんなに不機嫌なのよ」
「…なまえさんと一緒にいたから」
「は?」
「ボクはずっと我慢してたのに、いきなり現れてずっと一緒にいたなんて、許せると思う?」
むすっとしながら言う狛枝くんの言葉を聞いていると、彼が嫉妬している、ヤキモチを焼いているのだという事が分かった。そう分かると、その言葉が嬉しく感じる。
「あら、狛枝くん。いきなりなまえさんと仲良くなったみたいね。苗木くんや日向くんは身を引いているみたいだけど、私は引く気はないわよ…?」
「…霧切さん。もうこの凡人はボクのなんだよね。察してくれないかなぁ…?」
「いやよ、狛枝くん」
「霧切さんは強情だよねぇ…」
ただ名前と言葉を連ねているだけ。そんな感じだが、その言葉の裏には怖い単語が並んでいる気がした。どうやら響子さんと狛枝くんは仲が悪くなったようです。特に私関係で。
多分、響子さんは私を"妹"として見ているから、そんなに心配してくれているんだと思う。狛枝くんは狛枝くんだ。
「おはよ。みょうじ、狛枝」
「おはよう、日向くん」
「おはよう」
後ろから日向くんの声がかかる。振り向きながら挨拶を返し、彼の顔を確認した途端、失礼ながら「げっ」と声を上げてしまった。狛枝くんも同じようで、顔が引きつっている。
「ひ、日向くん…その目のクマは…」
「あー…ちょっと…な。カッコ悪いよな」
あはは…と乾いた声で自嘲気味に笑う日向くんを見ていると、罪悪感でいっぱいになる。そんな私が分かったのか、日向くんは私の頭に手を置いた。
「大丈夫。心配すんなって」
ニカッと笑い、頭に置いていた手で髪をくしゃくしゃにしながら撫でる。狛枝くんが止めに来ると思っていたのだが、狛枝くんは少しむすっとしながらも止めなかった。自分の責任でもある、と思っているのだろう。
「あ、おはよう。なまえさん、狛枝クン、日向クン」
「おはよう、苗木くん」
「おはよう」
「おはよ、苗木」
日向くんの後ろから苗木くんの緒方ボイス。ひょこっと顔を覗かせた可愛らしくも爽やかな笑顔。そんな癒しの笑顔。マイエンジェル。苗木くんは言葉通り吹っ切れているみたいだった。
「わぁ、日向クン、大丈夫?」
「あー…」
「また聞いてあげるよ」
「…頼んだ…」
そんな酔っ払い同士の会話をしながら、2人はレストランの奥へと消えて行った。
「…ぐふっ」
そして堂城さんの呻き声で我に帰り、助け出すのはすぐ後のこと。
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