翌朝、起きてみれば見慣れた顔が目の前に迫っていた。昨日はあれから「なまえさん、」「うん」「大好き」をずっと確認しているかのように繰り返した。そして昨日の事が嘘だったかのように目の前にいるのだ。そいつが。
半身を起こすと、ちょうど狛枝くんも起きたようだった。


「…おはよう、狛枝くん」

「…おはよう…」


朝から不機嫌そうである。なぜそんなに不機嫌なのか。そんな疑問が分かったようで、さらに不機嫌になってしまった。ボソリと言葉が寝ている狛枝くんの口からもれる。狛枝くんはさっきから、ずっと私の服を握っていた。


「…と…」

「え?」

「…なぎと…」


それは彼自身の名前だった。彼は寝ぼけているようで、目の焦点が合っていない。ぼぉっと私を見ているだけのようだった。


「…なぎと…ってよんで」

「な、凪斗…?」

「…そう…」


小っ恥ずかしいったら、ありゃしない。ハァ、と小さくため息を吐くと同時に、狛枝くんの意識が覚醒したようだった。目が生きてきた。


「…なまえさんか」

「悪かったわね」


ああ、この言い合いだ。懐かしくて自然と頬が緩む。それを見た狛枝くんは「なに…?」と不機嫌そうに視線を逸らした。拗ねているようで可愛く見えてしまうのは、自分の気持ちに気付いたからか。


「…別に…悪い、って言ってない…」


そしてこのツンデレ。可愛くて仕方ない。耳まで真っ赤だ。照れているのだ、と分かりやすくなった。おそらく、昨日のことから"付き合った"ことになるのだが、実感が湧かない。


「…なまえさん、」

「はいはい?」

「これから毎月3本の薔薇贈るから。3年間」

その突然の宣言に「は?」と思わず聞き返してしまった。当の狛枝くんは照れているようで、視線は泳ぎ、手は空中をさまよっている。なぜ薔薇を贈ってくれるのか。しかも3本。毎月。謎である。
私が理解していないのが分かったのか、狛枝くんは一気にムッとした表情になった。


「…分かってくれないんだ。さすが凡人の残念な頭だね」

「うるさい。教えてくれたっていいじゃない」


私もムッとして狛枝くんを見つめると、狛枝くんはぷっと吹き出した。失礼なヤツだ。


「なにその顔…っ!!」

「…キモくてサーセン」


どうせキモい、などと地味に傷付く言葉を吐き出すのだ。そうに決まっている。自信がある。
…その絶対的な自信は脆く崩れ去ってしまうのだったが。



「…可愛い」



幸せそうに笑いやがって。恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じながら、私は狛枝くんを睨みつけた。まんまと話を逸らされたものである。

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