ヤシの木へと近付いてみると、白い髪がふわっと揺れたのが見えた。どうやら彼はうずくまっているようだ。
更に近付いてみると、彼の格好が分かった。膝を曲げてその膝の間に顔を埋めている。泣いているのか、と疑うポーズ。しかも小刻みに体が震えているから、さらに泣いていると疑ってしまう。
「…狛枝くん?」
彼の名前を呟くように呼ぶと、肩が大袈裟に揺れた。いや。狛枝くんにとったら大袈裟じゃないのかもしれない。
いつまで経っても返事がないので、強行手段をとることにした。ストン、と狛枝くんの隣に腰をおろす。その音にさえ驚いたようで、狛枝くんの体が強張るのが分かった。
「怖がらないでよ」
「…怖がってないよ」
「視線を逸らさないでよ」
「…逸らしてないよ」
ああ言えばこう言う。こう言えばああ言う。金子◯すゞか、とツッコミたくなる。
私はいまだに顔を伏せたままの狛枝くんに、想いだけでも伝えることにした。
「…狛枝くん、」
また隣の狛枝くんがビクついた。ここまで彼が小さく見えたのははじめてだ。
私は何度か口をパクパクとしていた。次の言葉が出てこない。たった一言じゃないか、と自分を叱咤して息を吸い込んだ。
「…ーー大好きだよ」
言うと恥ずかしかった。顔に熱が集まっていくのを感じた私は、狛枝くんと同じ格好をして顔を俯かせた。今の狛枝くんは同じ格好をしていないようだが。
逆に狛枝くんが顔を上げて、私が顔を俯く。狛枝くんの「…え、ぇ…ぁ…っ…」という喘ぎ声に似た声が私の耳に届いた。
「恥ずかしがらないでよ」
「…恥ずかしがってない」
「嘘つき」
「…うるさい」
同じような言葉のキャッチボールを済ますと、狛枝くんのクスリと上品な笑い声が聞こえた。
「…ボクも大好きだよ。みょうじさんに負けないくらい」
バッと顔を上げると、幸せそうに微笑む狛枝くんと目が合った。本当に幸せそうだ。そして、私も幸せだった。ただ幸せなのだ。
そんな狛枝くんを見つめていると、自然と頬の筋肉が緩んだ。素直に笑える気がした。私もその笑顔に釣られて微笑むと、狛枝くんはさらに嬉しそうに微笑んだ。
「嘘つき」
「嘘じゃないよ。いや、嘘かも。
大好きなんかじゃなくて、むしろ…
…ーー愛してる
かなぁ」
よくもそんな恥ずかしい事が言える。そう伝えると、狛枝くんは恥ずかしそうに笑った。
「今は素直でいさせて。これが終われば、どうせみょうじさんに悪く言ってしまうから」
「なにそれ。このまま素直でいてよ」
「むりだね」
そんな淡々とした会話。脈の何もないその会話は、すとんと私の中に落ちてきた。これが普通であるような、そんな感じだ。
「みょうじさん、」
「なにかな、狛枝くん」
「なまえ、って呼んでいいかな?」
なまえ、と言われた時、私の心臓は高鳴った。好きな人に名前を呼ばれる、というだけでこんなに嬉しいものなのか。そう自覚すればするほど、私の心臓はうるさく鳴り響き、顔には身体中の熱が集まった。
「いいよ」と頷く。狛枝くんはそれを確認すると、嬉しそうに「なまえさん、なまえさん、」と繰り返した。恥ずかしくて死んでしまいそうだ。
「なまえさん、」
「うん」
「一緒にいてね」
「うん」
「…ーー大好き」
幸せそうに微笑む狛枝くんを見て、私はなにも言えなくなった。彼も心から嬉しがっているのだ、と分かってしまったから。
…その言葉で私は殺される。その言葉は私を殺す。
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