今の状況を説明するにも、苗木くんと日向くんとなれば話は別だ。この状況を説明できる自信がない。狛枝くんも同じようで、気まずそうに視線を逸らした。


「…えっと、ひとつだけ聞いていいかな?」


苗木くんの質問に私は慌てて「うん」と返事を返す。苗木くんは苦笑しながら、口を開いた。


「えっと、なんで赤くなってるのかな、って…」

「…私からは言えません」

「ボクも言わないよ。みょうじさんが言ってよ」

「はぁ!?」


喧嘩すれば顔の熱が気にならないもので。


「喧嘩はダメだよ。
…じゃあ、ボクは狛枝クンの話を聞くよ。日向クンはなまえさんに聞いてくれるかな。話しにくいだろうから、別室でね。ボクたちはこの島のどこかで話し合うから」

「え、」
「ちょ、苗木クン…!?」


あんな細腕のどこにそんな力があるのか、と思うほどだった。160cmの苗木くんが180cmの狛枝くんを引っ張っている。いや、むしろ引きずっている。
苗木くんたちが部屋を出ていくと、日向くんが大きいため息を吐き出し、


「で、どうしたんだよ、みょうじ。お前らしくないぞ」


寂しそうに愛おしそうに、仕方なさそうに微笑むのだ。その笑顔にチクリと胸が痛む。
その笑みで思ったことがあった。もしかしたら、日向くんは私に好意を寄せてくれていたのでは。もしも、の話だが。


「…日向くんが寂しそうに笑わないなら、言ってあげる」

「…、」


私の宣言に日向くんは口を結んだ。自分が寂しそうだと気付いていなかったんだろう。私が微笑みかけると、日向くんは分かった、とばかりに大袈裟に笑ってみせた。


「分かった」

「良かった。でも一つだけ確認させて?」


そう尋ねると、日向くんは「あぁ。もちろん」と笑って答えてくれた。その答えに「ありがとう」と満足気に微笑む。


「…ーー日向くんは私の事、どう思ってくれてるのか、ってさ」


その質問に日向くんは真っ赤になって固まった。予想外の質問だったようだ。日向くんは「じゃあ」と若干震えた声で、明らかに違う話題を提示しようとしていた。


「…ーーみょうじは狛枝のこと、どう思ってるんだ?」

「え、」


今度は私が真っ赤になる番だった。身体中の熱が、一気に顔に集まっていくのを感じた。「日向くん…ッ!!」と牽制するように彼の名前を呼ぶ。


「…つまり、そういうことだよ」

「なに言ってるのかわからなーー…」


私の言葉はそこで終わった。日向くんが私の視界を奪い、身体中に自分とは別の体温が広がる。トクントクン、と小さく鼓動が伝わってくる。つまりは…ーー抱きしめられた。
その事実を確認した途端、私の体温が一気に上がった。さっきよりも顔が熱い。
優しく包み込むような日向くんは、震えていた。その震えは次第に収まったが、トクントクンと伝わってくる彼の鼓動は一定の速さだった。人よりもはやく、大きく鳴り響く鼓動で、彼が緊張していることが分かる。
…日向くんの行動が分からない。日向くんの言葉が分からない。…日向くんの心が、分からない。



「…俺はみょうじのことが好きだ。誰にも負けないくらい好きだ、そう思ってた。
でも、みょうじが好きになるくらい、お前を好きなヤツがいたんだな。俺はソイツに負けたんだな…」




「日向くん」と彼の名前を呼ぼうとするが、それは彼自身によって遮られた。




「俺はみょうじのことが好きだ…ーー好きなんだ…ッ!!」



それは彼の心の叫びだった。首元にポタリ、と温かいものが零れ落ちた。それが涙だということには、そこまで時間はかからなかった。


「…でも…ッ」


その言葉で日向くんは私と体を離した。彼の顔には涙が輝いている。驚きながらも日向くんをじっと見ていると、日向くんは私の目を見つめ返した。彼の瞳には愛情、悲哀、後悔、決心などの色が見て取れた。


「…ーー俺はみょうじに幸せになって欲しいから」


日向くんはそう言うと、立ち上がらせた私の背中を押した。振り返って見ると、日向くんの表情は実に爽やかなものだった。目にはまだ涙が浮かんでいるが、綺麗な笑顔を向けていた。
まるで…日のように輝き咲く花のようだ。




「行ってこいよ」




「な?」と笑う日向くんは綺麗だ、と思った。その笑顔に押され、私はコテージを飛び出した。走り出す私の脳裏にふとひとつの花が思い浮かぶ。

…ーー"福寿草"

日向くんの誕生花であるその花は、太陽のように輝く花だ。そして花言葉は"幸運"や"幸福"。彼に幸運が訪れますように。そう願う気持ちは日向くんには届いたのだろうか。

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