私たちがジャバウォック島に着いたのは、夜遅くだった。時計を見てみれば、短針は11と12のちょうど間を指していた。トランクを運び出し終わったら、12時を回る気がする。
その予想も正解で、ホテルロビーへの長いような短いような道のりを何往復かして、やっと一息をついたのは12時7分。ホテルロビーのソファに倒れこんでしまった。


「大丈夫か?」


そんな日向くんの心配そうな声に、小さく「うんん…」と呻くように肯定を示した。眠い。とても眠い。


「こんな所で寝ちゃダメだよ、なまえさん」


苗木くんの声に頷こうとする前に、まぶたが自然とおりてきた。コテージに戻らなきゃ、迷惑をかけてしまう。だが仕方ない。これは生理現象なんだ、すまない。なんてボケをかましながら私の意識は落ちた。


***


…ーー騒がしい。
重たい瞼を開けてみれば、見慣れた天井と天蓋が出迎えてくれた。日向くんが運んでくれたのかもしれない。ありがとう、と心の中で感謝を述べ、もう一眠りしようと瞼を閉じて寝返りを打った。ついでに枕を引き寄せようと体をよじる。

…もふっ。

もふもふもふ。柔らかい髪のような触り心地。これを私は知っている。


「…狛枝くん…」

「…やぁ」


不機嫌そうな表情をした狛枝くんが、こちらを向いていたのである。不機嫌そうな表情ではあるが、彼の声音は優しくて嬉しそうだ。なぜかは分からないが、彼がここにいるのが現実だ、ということは分かった。


「…なんでいるのかな、狛枝くん」

「退院したんだよ。少しは祝ってくれないかな」

「え、」


狛枝くんの一言に私の動きが止まる。彼はなんと言った?
退院。その単語が浮かび、私の中で現実味を帯びてきた。狛枝くんが退院した。


「…ーーお、おめでとうっ!!」


先ほどまでの眠気はどこへやら。ガバッと飛び起き、狛枝くんの灰色の瞳をじっと見つめる。なぜこんなに嬉しいのか、と問われれば答えに困るが純粋に嬉しかった。ただ、嬉しいのだ。
私のそんな心の内が分かったのか、狛枝くんは珍しく嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとう」


その上品な表情に、不覚にもキュンとしてしまう。久しぶりに見るだけで、彼の綺麗な顔がさらに綺麗に見えてしまう。
心臓がうるさく鳴り響き、顔に熱が集まるのを感じながら、私は顔を伏せた。こんな綺麗な顔をしやがって、と心の中で狛枝くんとリアルファイト。特に私は顔を狙う。そう。いっそ綺麗な顔が見えないほどに。


「…ちょっと、みょうじさん…なんか赤くなってるけど、やっぱりジャバウォック島は暑いのかな」


なんて呑気なことをぼやきながら、私の顔を覗き込んでくる。
ああ、やめろ。その綺麗な顔をこちらに向けるな。お前はそんなに天然だったのか。
心の中で愚痴を零しながら、手の甲で顔を隠した。顔が暑いのはこの島が暑いからだ。決して狛枝くんを意識しているわけじゃない。意識しているわけじゃない…!


「みょうじさん…?」


心配そうな声音。なんで今日はそんなにデレてくるんだ。八つ当たりなのかは分からないが、私は狛枝くんの頬をつねった。「いひゃい…っいひゃいよっ、みょうじさんっ!!」と綺麗な顔を歪ませた。ざまぁみろ、とまだ赤い顔で狛枝くんを見下した。


「着替えるから出てってくれないかなっ、狛枝くんっ!!」

「分かったからっ」


引っ張っていた頬を放し、起き上がった狛枝くんをコテージの外に追い出す。火照った顔をパタパタと手で扇ぎ、「このやろ…っ」と悪態をついた。
ふと棚に花瓶が置かれているのが目に入った。たくさんの花が差されているが、一輪一輪が違う種類の花だ。その花瓶に近付いて、花を一輪ずつ眺めた。花言葉のページを開き、花の名前を確認しながらの作業だ。

…ラベンダー、ヒマワリ、蓮華草、モモ、カトレア、バラ、カルセオラリア。

そこでページをめくる手を止めた。このコテージに入るのは、狛枝くんくらいだ。つまりこの花瓶と花は狛枝くんが持ってきたことになる。
ジャバウォック島にはない花ばかりなのに、なぜだろうと思うが、彼は幸運だから。そんな事を思いながら、また顔に熱が集まっていくのを感じた。

…ーーああなんで、君はこんなにも




ラベンダー…『あなたを待っています』

ヒマワリ…『あなただけを見つめます』

蓮華草…『私の幸福』

モモ…『あなたに夢中』

カトレア…『あなたは美しい』

バラ…『あなたを愛しています』

カルセオラリア…『私の伴侶に』




…ーー私を惑わせる…っ!!

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