とても豪華とは言えない船に揺られ、早10分。私は酔いました。苗木くんたちは「大丈夫?」と心配してくれるのだが、日向くんも若干酔っているようで、声に覇気がなかった。
私は「日向くんこそ、大丈夫?」と心配を心配で返すことにした。
「…うぇ」
「吐くなよ、みょうじ…うぉっ…」
「日向くんこそねー…うぇ」
そんな会話を繰り返す。幸い、霧切さんが持っていた酔い止めで吐くまではいかなかったが、気分は悪かった。
そして数時間。ここまで船に乗り続けたのははじめてだ。結果、船着場に着いた時には、おぼつかない足取りで歩くことになった。足にはまだ波の感覚が残っていた。
「あれ。普通だ、案外」
「この地域はね。未来機関が整備して、大部分は綺麗になったんだ」
「私たちはこの地域しか立ち入りは許可されていないのよ」
苗木くんの説明は不十分だ、と言いたげに霧切さんが付け足す。すると、苗木くんは恥ずかしそうに身を捩らせた。
「なまえさんも日向クンも、欲しいものがあったら言ってね?未来機関の経費で落ちるんだから、高いものでも構わないよ」
なんだかんだで苗木くんは未来機関遣いが荒い。「未来機関っ、の経費でおちる〜、そうさ、ボクらは関係な〜い」などと自作した歌を披露してくれた。ひどいものである。
デパートの大きな自動ドアをくぐると、出迎えてくれたのは
自然だった。このデパートは"希望ヶ峰デパート"と言って、名前からも分かるほどに絶望に嫌われそうである。フロアは全部で13階と地下に1階。その2階から1階にかけて滝が落ちているのだ。
「すごっ…」
無意識に呟いてしまうほど、圧倒的な存在感を放つその滝は、四方に伸びた川を流れていた。その川は床下で流れ、ガラス張りになっているため、濡れることはなさそうだった。
そして滝の周りにも、自然だ。熱帯雨林のように茂る木。そこにいる南国の鳥がキョロキョロと私たちを見回していた。
私たち以外には、店員と他のお客さんがちらほらといるほどだった。それでも豪華に見える希望ヶ峰デパート、すごい。
「お店、一つずつ見て行っていい?」
「もちろん。女の子は時間がかかるだろうしね。ボクらは付き合うよ」
「あら、苗木くんがそんな事にも気を配れるようになっただんて、成長したのね。身長は成長してないようだけど」
「…霧切さん、ヒドイよ…」
許可をもらった所で、私はどの店に入るかを決めることにした。まずは近くにあった店に入る事にした。そこは普通に服が並んでいた。霧切さんの説明によると「1階には婦人洋服店と食品があるわ」との事だった。
どうやら毎回、希望ヶ峰学園のエンブレムが描かれていたのは、苗木くんが分からなかったから、未来機関に頼んだものらしい。
「霧切さん、これ霧切さんに似合うと思うんですが」
そう言って私が霧切さんの目の前に出したのは、白を主とした夏物のワンピースだ。霧切さんのスタイルの良さが際立つようなデザインになっている。そこに薄い紫色のカーディガンを加える。
霧切さん色でまとめた私のデザインだ。霧切さんは恥ずかしそうにはにかんだ。
「そんな可愛らしいのは、私には似合わないわよ」
謙遜だろうか。羨ましいプロポーションなのに、謙遜。綺麗なのに謙遜。比の付け所がない。羨ましい。私もそんな人に生まれたかったものだ。
「そんなことないですって。私が保証します」
「みょうじさんの方が似合うわ」
「いえいえ。じゃあ買って、あげたもん勝ちですね。
…ーー苗木くんっ!!」
霧切さんが否定を続ける前に苗木くんを呼ぶ。苗木くんは数着のレディースの服を片手に、すぐにこちらにやって来てくれた。
「なに?なまえさん」
「この組み合わせ、霧切さんに似合うと思うの。だから、私から霧切さんにプレゼントしようかなって」
「本当だっ!!ボクも似合うと思う。分かった、ちょっと待っててね」
苗木くんは霧切さんに服を奪われる前に、私からその服を受け取った。「苗木くんっ!!?」と言う霧切さんを無視した苗木くんは、数分後に袋を持って戻ってきた。支給品も買ってきたようだった。
「はい、これが霧切さんの」
「ありがとう、苗木くん。じゃあ、」
珍しく慌てている霧切さんに向かい合い、苗木くんから受け取った袋を差し出す。
「はい、霧切さん。今日はこれを着て欲しいかな」
「…ありがとう、みょうじさん。ありがたく受け取るわ」
恥ずかしそうに受け取る。はにかむ姿は可愛くて、自然と頬が緩んでしまった。彼女は受け取った袋をぎゅっ、と抱きしめ直して試着室に入って行った。
「楽しみだね」と苗木くんと話していると、霧切さんが頬を赤らめながら試着室から戻ってきた。私のデザインは間違っていなかった、と内心拳を握る、
「…本当にありがとう。それと、みょうじさん、」
「ん?」
「いえ、なまえさん。敬語を外してくれると嬉しいわ。それと…できれば、だけど…」
もごもごと最後の言葉が聞こえなくて、「えっ?」と聞き返してしまう。すると、霧切さんはむっとしながらも繰り返してくれた。
「…名前で、呼んで欲しい、と思ったのよ」
「っよ、よろこんでっ!!
えっと、響子、さん…?」
試しに呼んでみると、霧切さん、いや響子さんは嬉しそうにはにかんで、頷いた。彼女と仲良くなれた、という嬉しさが体を駆け回った。
何度か確かめるように「響子さんっ!!」という度に、響子さんは頷いてくれた。
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