バタ足などで気持ちよく泳いでいると、遠目に弐大さんと終里ちゃんが競争しているのが見えた。船じゃないのか、と言いたいくらいに水が跳ね上がっている。少し大きめの波もこちらに向かってきた。あの人たちは人間というより、船かそこらへんだ。並外れている。
ふと思った私は、顔を付けてアンテナしか見えない2人に提案してみた。アンテナが背ビレみたいだ。
「競争してみない?ここからビーチに先についた方が勝ち」
「いいな。俺は賛成だ。苗木は?」
「ボクも賛成だよ。罰ゲームとかする?」
「えー、ナシで」と罰ゲームに反対してみせると、苗木くんはつまらなさそうな表情をしたが「なまえさんが言うなら、それでいっか」と言った。ギャンブラーにでもなったのか、苗木くん。
「じゃあここからねー」と構える。水泳は得意な方なのだ。「よーい…」苗木くんたちも構えた。それを見て、私は「どんっ」と言うと同時に水を蹴り、海水に顔をつける。ぐんぐんとクロールで進んでいく。
水の抵抗を少しでも減らそうと、水をかく時にはフォルムを新幹線のようなフォルムに。抵抗は一番の敵である。
「ぷはっ」
足がつくところまで泳ぎきり、後ろを見た。まだ2人は辿り着いていなかった。勝った。ニヤリと笑い、やっと辿り着き肩で息をする日向くんに笑いかける。苗木くんはまだ数メートル先にいた。
「…ッみょうじ…はや、い…っ」
「水泳は得意な方なの」
自慢気に胸を張る。その時、苗木くんがちょうど辿り着いた。アンテナが水の重みでしゅんと垂れている。
「ッハァ…ハァッ…ッ」
「大丈夫?苗木くん」
苗木くんの疲れた顔を覗き込む。すると「なまえさん…ッなんで、そんなッ…速いのッ!?」と逆に尋ねられてしまった。幼い頃から水泳が好きなのだ。「得意なの」と笑うと、苗木くんはつられて笑ってくれた。
…ーービーチにたてられた大きなパラソルの下で、ぼーっと海を眺める。さきほどの競争で体力をそうとう消費してしまった。2人も同じようで、苗木くんに限っては砂でお城を作っている。可愛い。
そういえば、狛枝くんの姿を朝から見ていない。彼なら勝手に出てきそうだが。懲りてしまったのだろうか。
もう少ししたら顔を見に行こう、と誓い、苗木くんのお城作りの手伝いにかかった。日向くんはそれを動かずに眺めている。
砂を集めていると、他の砂とは違う砂が手に乗った。顔を近付けて見てみると、"星の砂"だった。可愛くて「おぉっ」と声を上げてしまう。それに気付いた2人が「どうしたの?」と尋ねてくるので、私は星の砂に見入りながら「…星の砂」と小さく答えた。
「すごい…っ!!」
「珍しいな。みょうじは運が良かったな」
そう言って褒めてくれる。確かに運がいい。運で彼を思い出す。狛枝くんにこの星の砂をあげよう。そう思った私は「なまえさん?」「どこ行くんだ!?」と叫ぶ2人を置いて、自分のコテージに向かった。
ソニアさんからもらった親指サイズの小瓶があったはずだ。小瓶の中には手作りの小さな人形が入っていた。その人形を失礼だが取り出して、星の砂を入れよう。そして狛枝くんにあげよう。
狛枝くんは嫌がるだろうか。気に入っていくれるといいな。そんな乙女チックな事を考えながら、小瓶の中の人形を枕元に置く。これくらいの大きさでいいだろう。緩む頬にも気付かず、私はビーチへと駆けた。
ビーチへ着くと、苗木くんたちに「いきなりどうしたのっ!?」と心配された。私は小瓶を取りに行っただけなので、それを率直に伝えた。その間にも星の砂を小瓶に入れていく。
「 …狛枝くんに、ね」
そう呟く苗木くんの声も知らず、私は小瓶の蓋であるコルクを押し込んだ。軽く転がしてみると、星の砂もそれに合わせて動いた。
「狛枝くんとこ、行ってくるね」
私はそう言ってビーチを後にした。後ろから日向くんたちの「一緒に行く」という声が聞こえたが、私は前だけを一心に見つめた。
「…ーーこ、まえ、だくーんっ」
ドアを蹴破るように入る。何もない外を眺めていた狛枝くんの肩が、ビクリと揺れたのが見えた。
「な、んだ…みょうじさんか」
「悪かったね」
何度も交わされたこのやり取り。この世界に来て、最初に慣れたのがこのやり取りだ、と言ってもいい。
私は比較的機嫌が良さそうな狛枝くんに近付き、点滴の管が伸びている右手に小瓶を握らせた。
「狛枝くんの幸運の分の不運を…これが吸い取ってくれるよ。狛枝くんが幸せになりますように」
「…なに言ってるの、みょうじさん」
「見たら分かるよ」と見る事を勧めると、狛枝くんは爛々と瞳を輝かせた。
「星の砂…?」
首を傾げる狛枝くんに「うん」と笑う。私が「星の砂をもらった人は幸せになれるんだよ」と説明すると、狛枝くんは「ボクには必要ないんじゃない?」と皮肉を交えた。
「そうかもね。でも狛枝くんは幸運で幸せになったら、その分不幸になっちゃうじゃない」
その言葉にはなにも返せなかったらしく、狛枝くんはしばらく黙っていたが「…そうかもね」と苦笑した。綺麗に笑う狛枝くんを見ていると、不覚ながら見惚れてしまう。
「でもなんで…」
「あ、皆で海で泳いでたんだよ」
「皆で…?」
すっと狛枝くんの目が細められた。地雷だったのだろうか。
「うん、まぁ。星の砂を見つけたから、狛枝くんにあげようと思って。走ってきたんだから」
慌てて言うと、なぜか「…ならいいけど」とキッと細めた目が優しくなった。なにがいいのか分からなかったが。
「狛枝くんも腕が大丈夫になったら、一緒に泳ごうよ。皆でさ」
「…仕方ないな」
狛枝くんはやれやれとでも言いたいのか、首を横に振ってから視線を逸らして「約束だからね」と言った。これはツンツンデレのデレでいいのだろうか。嬉しくて無意識に顔の表情筋がだらしなく緩んでしまう。
「それと、この星の砂でボクが幸せにならなかったら、責任とってもらうから」
「どういう意味よ、それ。いいけど、私に出来る事じゃないとダメだからね」
「凡人のキミに出来る事なんて限られてるけどね」
あら、ムカつく。
「…キミに出来る事しか頼まないよ。凡人なんだから、キミ」
「一言余計」
淡々とした会話のような罵り合い、喧嘩、なんとでも言い表せるような中途半端な会話をしていると、苗木くんたち2人が転がり込むように入ってきた。肩で息をしていて、そうとう慌てていたことが分かる。
「よかッ…たぁ…ッなまえ、さんッ…いた…」
「いきなり走り出したから…ッ、それに、速いし…ッ」
ゼーハーと辛そうに呼吸をしている2人を見て、さすがにかわいそうだと思った。「ごめんごめん」と軽いノリで謝ると、「心配したんだよっ!!」「心配したぞ!?」と怒られてしまった。
ちゃんと狛枝くん所に行ってくる、と言ったし、心配する要素はどこにもない。少々過保護な2人を見て、クスリと笑ってしまうのだった。
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