十神くんと日向くん、私だけがいるレストラン。沈黙が流れていたが、私は思い切って尋ねることにした。
「あの、さっき話していたのは…何ですか?」
そう言うと一瞬なにか分からなかったようだったが、すぐに「あぁ…あれな」と頷いた。それと共に日向くんの顔が曇る。
「お前のことだ」
「あ、やっぱり」
冷めてきただろうコーヒーをすすり、十神くんは私の前に空のコーヒーカップを差し出した。淹れてこい、という事だろう。私はそそくさと厨房に向かい、コーヒーを淹れてテーブルに戻った。
「どうぞ」
「あぁ」
差し出したコーヒーをすすり、十神くんはふぅ、と幸せそうに溜息を吐いた。そして、椅子に座った私に向き直る。
「お前にも話した方がいいな。未来機関のことだ」
十神くんは時々コーヒーをすすりながら、話してくれた。
私が現れた日、苗木くんはすぐに未来機関に私のことを伝えたらしい。
その際、私の検査結果を報告したのだが、そこに以上数値が見つかった。十神くん曰く「脳波の1つが抜きん出ていた」だとか。その脳波の詳細は分からないが、特に害はないものだと判断した。私が思うに、それはこの世界では異常で、私のいた世界では通常の脳波なのだろう。
質問で答えた時の嘘は見つからず、苗木くんは私を信じることができる、と言ってくれたという。しかし、未来機関のお偉い方は危険だ、と言い張った。
「俺はその場にいたが、本部はお前を"絶望"ではないか、と思っているようだ」
という事で、私には監視が必要だ、となったらしい。苗木くんが自分が監視役になる、と進み出たが本部は拒否。その代わりに苗木くんは同じ班の十神くんと霧切さんを、と勧めた。
本部は2人が苗木くんと同じで判断に狂うのでは、と思ったが、
「俺が苗木と同じとでも、と嗤ってやれば顔を赤くして怒鳴ってきた。じゃあ任せる、とな」
そして、2人はジャバウォック島にやって来た、というのが経緯。
目的は"みょうじなまえの監視"と"絶望の残党の処理"だ。処理、というのはプログラムにかけるでも、殺すでもなんでもいいと言う。私が"絶望"だと判断された場合は、処理される事になる。
「みょうじが"絶望"だ、という事はないだろうがな」
「十神くんは私のことを信用はしてくれている、で捉えますね」
「…信用はしているが、信頼はしていない、に訂正しておけ」
「了解です」
ぶっきらぼうに言い放った十神くんに、クスリと笑ってしまう。どうやら丸くなっているようだ。可愛い。
「もし私が絶望なら、どうするんです?」
「どうもしない」
「十神くんらしい」
スッ、と2つの空のコーヒーカップが目の前に差し出された。はいはい、淹れてきますよ。
厨房に行き、コーヒーを淹れて戻る。十神くんはいつかコーヒー中毒になりそうだ。
「あッ、十神クンも…!!待っててくれたんだね」
私が椅子に座ると、その場に嬉しそうな声が響いた。狛枝くんだ。
狛枝くんは私と目が合うと、一気に複雑そうな表情をした。なぜに複雑そうな表情をした。
「…みょうじさんは待たなくても良かったのに…」
「すみませんね。この場にいて」
十神くんが狛枝くんの姿を確認した途端、ゲッ、と嫌そうな表情をした、しかと見たぞ。さすがの十神くんも狛枝くんは苦手らしい。
「もうすぐでレクリエーションが始まるわよ」
狛枝くんの後ろから霧切さんが階段を上がってきた。髪をポニーテールにしており、額にはうっすらと汗が浮かんでいる。
「あら、美味しそうなコーヒーね。私にも淹れてくれるかしら」
何往復したのだろう、と考えるほど、私は今日一日でコーヒーを淹れた気がする。
霧切さんのレアな微笑みで、その考えなど吹っ飛んでしまったが。
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