それからはレストランを動かずにずっと外を眺めていた。狛枝くんは「不幸を探しにいくよ」と言って、レストランを去った。「また戻ってくるから、ここにいてよね」と言われたのも、ここにいる理由のひとつだが。
「暇だねぇ…」
「…なぁ、みょうじ」
私の言葉とは全く関係のない返事が帰ってきた。それに多少の不満を感じながら「なにかな、日向くん」と返した。
「みょうじは狛枝をどう思ってるんだ?」
「なにその質問」
「いや…真面目に、さ」
そう真剣に言われてしまえば、返さなければ失礼だ。私は変な汗をかきながら、「あー…」と言い淀んだ。
「狛枝くんは…よく言えばいいライバル、かな」
「…悪く言えば?」
「…えー…?」
そう返されれば、なんて返せばいいのか分からなくなってしまう。本当にライバルなのかも分からないし、そもそも狛枝くんが私にとってどんな存在なのか。それを考えるとよく分からなくなってくる。
「分かんないけど、仲良くなったらいい人だとは思うなぁ…仲良くなったら、だけど」
「…まぁそうだな。まずはそれだよな」
「まずはね。たとえ希望厨でも、気は合うと思うんだけど」
共感するように頷く。またぼおっとしながら外を眺めていると、「おい」という高圧的な声が響いた。弾けるようにして声の主の方へと向くと、そこには仁王立ちの十神くんの姿。
「暇ならコーヒーの用意を頼めるか。みょうじ」
「あ、はい。分かりました!!」
私が立ち上がると、十神くんは同じテーブルにある椅子のひとつに座った。厨房に向かった私は知らなかったが、どうやら日向くんと話をしているようだった。
十神くんのことだから、おそらくインスタントは好まないだろう。そう思った私はインスタントコーヒーを諦めた。まぁ十神くんも丸くなっただろうから、ある程度は許してくれるだろうが。
ちょうどコーヒーメーカーを置いてあったので、それで作ることにした。豆もある程度高級なものが揃っている。
十神くんの味の好みは分からないが、おそらく甘いのは苦手。十神くん自身にやってもらう、という手があるが彼は面倒臭がってしないだろう。
「これくらいかなぁ…?」
自分でもよく分からないが、適当に調整してみた。適切の意味の適当だ、と信じたい。十神くん、許せ。
出来上がったコーヒーを十神くんの方に持っていくと、日向くんは不安そうな表情をして、十神くんもそれに近い表情をしていた。
「出来ましたよ。お口に合うかは分かりませんけど」
「あぁ」
コーヒーカップをテーブルに置くと、カチャン、と音がした。
日向くんはまだ表情を崩していない。私がいない時に限って、こういう話が上がって私の探究心をくすぐる。
悶々としていると、十神くんがコーヒーを飲んだ。感想を聞きたいものだ、と思って待っていると、十神くんの瞳がキラッと一瞬だけだが輝いた。
「…ッ、美味いな。俺の好みの味だ」
「あ、本当ですか?なら良かったです」
お口に召したようだ。安心してため息を吐くと、日向くんが「俺も頼めるか?」と尋ねてきた。私は「いいよ」とだけ言い、厨房に戻った。
日向くんは少し甘めの方が良いのかもしれない。しかし砂糖は控えめ、と予想してコーヒーを持っていく。
すると、日向くんは「美味い…!!」と瞳を輝かせた。
「超高校級のコーヒーブレンダーなのかもしれないね。私は」
「なんだよその才能…でも、確かになれそうだな」
「…気に入った。みょうじ、」
十神くんがニヤリと笑った。この笑みは企んでいる笑み、じゃないだろうか。
「俺がいる時は、お前が俺のコーヒーを準備しろ」
「…え、あッ…はぁ…分かりました…」
「不服そうだな?」
「いえ。そうでもないです」
トリップ補正って怖い。
改めて思った。それが実力とは知らずに。
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