狛枝くんとのあの体制の誤解を解き、私は十神くんや霧切さんの乗っている船を、船着き場の近くの砂浜で待っていた。
右隣には隣には心配してくれた日向くん。左隣にはなぜか無表情の狛枝くん。
なぜにお前がいるのだ、と問いたかったが、狛枝くんは「未来機関の希望ー未来機関の希望ー」と気持ち悪くニヤついてたので、あぁ…と納得してしまった。


「9時まであと10分くらいですねぇ」


そう海を眺めながら言うと、日向くんは「そうだ」と思い出したように口を開いた。


「敬語は外してくれていいぞ。ずっと言おうと思ってたんだけどな」

「あ、じゃあお言葉に甘えて。日向くんは日向くんのままでいい?」

「…構わないけど、できれば…その…」


これは名前で呼んでくれないかフラグではないか。
いくらトリップ補正であっても、ここまでくると恥ずかしい。私が名前を呼ぶのは可愛い女子だけでいいのだ。
私は恥ずかしいしそのフラグをへし折ってやろうろと、日向くんの言葉を途中で遮った。ごめん、日向くん。


「狛枝くんは敬語のままでいいですよね?」

「え…みょうじ…おい」

「え?あー…どっちでもいいけど」


返ってきた狛枝くんの返事にびっくりしながら、日向くんにごめん、と心の中で謝罪を入れた。
あの狛枝くんが敬語でなくてもいい、と言ったのだ。敬語であってもなくてもいい、という意味だが、この場合はどっちだ。


「それは…どっちですか」

「…敬語じゃなくていいよ。そういう意味だけど、キミみたいな凡人には理解できなかったんだね」


かわいそうに…と言うかのようにハァと溜息を吐かれた。
それに顔を引きつりながら、狛枝くんに「じゃあ敬語外すね」と宣言すると、狛枝くんは海を眺めて「まぁ仕方ないね」とまた溜息を吐いた。


「溜息ばっか吐いてると、幸せがどっか行くんだよ」

「十神クンと霧切さんという希望に会えるんだよ!?今のうちにみょうじさんに不本意ながらも敬語を外される、とか溜息を吐かなきゃいけない、とかの不運をためとかないと」

「そりゃ悪かったね。不本意で」


やっぱり希望のためか。相変わらずの狛枝くんに苦笑する。
また海の方を眺めると、船の白い姿が見えてきた。あれが2人が乗っている船なのだろう。私は立ち上がり、船着き場の方へ駆けた。後ろから日向くんと狛枝くんが追ってくる。狛枝くんは「希望だよ!!希望がやって来たんだ!!」と至極嬉しそうに微笑みながら走っていた。

船からさっさと降りてくる背の高い青年。両手には大きなトランクが1つずつ。後ろから追って降りてきた女性の両手にもトランクがあった。


「はじめまして、私がみょうじなまえです。…手伝います」

「…十神白夜だ。まだまだトランクがあるからな。さっさと降ろしにいけ」

「霧切響子よ。あと6つほどトランクがあるわ」


「はい」と返事をして、船の中に入っていく。船の中は質素で、トランクが霧切さんの言うとおり6つのトランクがあっただけだった。
トランクを両手に1つずつ持ち、引くと無意識に「重っ…」と言う言葉が零れた。私の後ろから挨拶をしていたらしい日向くんと狛枝くんがやって来た。


「重かったら俺が持つぞ?」


と日向くんは気遣ってくれたが、私は「日向くんに持たせるなら、狛枝くんに持たせて筋肉をつけてもらうよ」と皮肉を含んだ。狛枝くんは不機嫌そうに「キミさぁ…」と口を開いたので、私は落ち着いて「希望に会える分の布石を私が渡してるんだよ」と返した。
それには狛枝くんも何も言わずに「あぁ…」と納得したようだった。狛枝くんの扱い方が分かった気がする。


「お、もかったぁ…」


船にあったトランクを降ろし終わると、待っていてくれたのか霧切さんが「お疲れ様」と言ってくれた。


「えっと…これからよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくね。私たちはなまえさん、あなたの監視も任されているのよ。苗木くんからね」

「お前だけではないがな。ここにいる全員だ。…苗木には"特に"お前を、と言われたが、俺に言わせれば1番は狛枝だ」


本人は「えっ、ボク?…嬉しいなぁ、十神くんという希望に見られているなんて…!!」と恍惚としていた。そこは恍惚とする時じゃない、と口を開きかけると狛枝くんは「ねぇ、みょうじさん。ボクを罵倒してよ。今のうちにこの幸運の布石を作っておかないと」と頼み込んできた。


「…まぁいいだろう。俺たちは夜時間は見回っているかホテルの客間にいる」

「なにかあったら言ってちょうだい」


そう微笑んでくれるのは良いのだが、私は疑問符を浮かべていた。その答えに「あ」と声を漏らす。


「苗木くん…なんで客間あったのに、コテージなの…」


私がそう呟くと、霧切さんたちは納得したように「それは仕方ないわね。1週間は我慢してくれないかしら」と上品に微笑んだので、私は頷いてしまった。

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