用意周到、先回りが得意な常に人の予想を上回りつつ立ち回ることを得手とする彼にしては珍しく、表情には焦りから嫌な汗を滲ませていた。

――迂闊だった。

何度シミュレーションしたとしても、"事"というものは、その時にならなければどう転がるか分からないものだ。
そのことを象徴する「神のみぞ知る」という言葉があるが、長い間夜道を走ったお陰で軽く息が切れ始めた青年は、肝心の「神」という存在を微塵も信じていなかった。それ故に一つの情報として時折耳にするその言葉を知りはしていたが、表現として活用することは無かった。
だがしかし、無神論者である青年の心は一時的に神という存在を肯定した上で、その存在への文句に満ち溢れていた。

――神様とやらは寂しいんだろう。
――神様とやら羨ましいんだろう。

青年は、走っていた。
梅雨特有の匂いと重みを孕ませた空気を裂くように、前へ、前へ。
現在の日付が変わってしまう前にと駆ける、進む。
あと一時間もしない内に16回目の誕生日を迎えようとしている、少年の元へ。

――だからといって、恋人達の邪魔をするのはどうかと思う。


原因が何かなど、今となってはどうでも良かった。
ただ一心に、青年の中で重要なのは"間に合うかどうか"だった。

こういったアクシデントを予想していなかった訳ではない。勿論、頭の中で描いた予定が順調に進んでいたから油断したわけでも。
予定調和は完璧だった。ただ単に相手が悪かっただけの話であって、青年――折原臨也に非は全くと言ってくらい無い。
それでもやはり、予想外の"事"というものは突然身に降り掛かるものだ。

例えば、仕事相手が契約に対して後から駄々を捏ね出したとか。
例えば、足止めを喰らった上に天敵と思わぬところで鉢合わせしたりとか。


日付を跨ぐまで、残りあと5分。
このままのペースで行けば間に合う距離。



しかし、彼に降り掛かる災難は、もう一つだけ残っていた。










「……どうしたんすか臨也さん。」



青年が呼び鈴を鳴らして暫く、未だ幼さを残しながらも茶髪にピアスといった出で立ちをした少年が顔を覗かせたと思えば、珍しいものでも見たかの様に目を円くし不思議そうに首を傾げた。
その一方、少年――紀田正臣の元に訪れた青年はというと、問い掛けに対して何も返せずに居た。
息切れしているから、ではない。

彼は今、身ぐるみ一つでこの場に居るのだ。
鞄などは愚か、ポケットの中には財布と携帯と、自宅のキーカードといった、必要最低限のものしか持ち合わせていない。

それじゃあ、意味が無い。
此処に来た、意味が無い。

心の中で青年は、ひどく後悔していた。
此処に来る途中でも何度も繰り返し思ったことだが、何故今日に限って仕事を入れてしまったのかと。
例え、先刻赤信号に引っ掛からずに間に合っていたとしても、これでは――



「……0時3分。」



流れる静寂にぽつり、響いた言葉の意味を理解するに時間は掛からなかった。

――ああ、間に合いすらしなかったか。

これでは、本当に何をしに来たのか分からない。
そう思った矢先、少年は更に言葉を紡いだ。





「遅刻した分は、今日一日使って埋め合わせて下さいね。」





俯きかけていた顔を上げると、笑っている恋人と目が合う。
そして、青年は二つ返事で頷いた。










【優しい嘘】

(本当は、間に合ってたってのは内緒。)















END
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15日辺りに完成していたのにサイトに上げるの忘れてた件←
臨也は間に合った、だがしかし私は間に合わなかった。ごめん正臣orz

愛しの将軍様に提出させて頂きました。


H22.06/20
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