きっと神様は見ている

※「いつかきっと、信じてる(紫赤)」の番外編「いつかきっと、ハッピーエンド(紫赤)」の番外編で高緑高。
大学生パロで緑間と高尾は同棲設定。赤司も紫原と恋人関係で同棲中。
関係的には、紫赤←緑←高のようなかんじ。

――――――――――

何度繰り返せば気が済むのだろう。
もういい加減、諦めるべきなのは分かっている。
それでもほんのわずかな希望にかけて。
今、目の前にある扉を開いてお前が名前を呼んでくれたら――
『真太郎』
佇んだまま、そんなことを考えていた。
赤司のためにコピーを取ったノートとプリント類、それらを詰めた紙袋を片手に提げながら腕時計を見やる。
呼び鈴を押しても反応はない。
家にいるのは確かだ。
何故なら、ちょうど緑間が赤司の住むマンションに着いた時、赤司が紫原と一緒にマンションの中へ入っていくのを目撃したからだ。
離れたところでその姿を眺めながら、なんともいえない気持ちで一杯になった。
緑間には決して見せないような顔をして、赤司は紫原の隣にいた。
紫原を上目に見詰める顔は、中学の時からなんら変わらない。
むしろ少し幼くなったようにも感じられた。
それだけ、赤司にとって紫原はなくてはならない特別な存在になったということだろうか。
「・・・ふぅ」
吐く息が白い。
もう一度呼び鈴を押そうとして、直前で思いとどまる。
指先が震えるのは寒いからだろうか。
ぐっと拳を握って、緑間は踵を返した。

(本当に・・・一体俺はどうしたいんだろう・・・)
暗い道をひとりきりで歩いていると、余計なことばかり考えてしまう。
『なあ真ちゃん』
ふと思い出したのは高尾に言われた一言だった。

『真ちゃんさ。もういい加減諦めれば?』


今朝。
いつも通り学校へ行く支度をしていたら、高尾がトーストを齧りながら問いかけてきた。
『なあ真ちゃん』
返事を返すことなく、コートに袖を通す緑間。
特に気にする様子もなく、高尾は言葉を続ける。
『真ちゃんさ。まだ赤司のこと好きなの?』
『・・・なんなのだよ。突然』
すごく不機嫌そうな顔で緑間は振り向く。
しかし、高尾はトーストをもぐもぐしたまま動じない。
『いやぁ〜。今日は赤司に会えるから気合い入れてるのかなと思ってさ』
『馬鹿を言うな』
ふんっと緑間が鼻を鳴らした。
しばらく無言の間が続く。
鞄を肩に掛けて、緑間が出発しようとリビングに背を向けた時、高尾はとんでもないことを言い出した。
『オレ、真ちゃんの初恋が赤司だって、赤司にバラしちゃった』

どさっ

緑間の肩からショルダーバッグが滑り落ちた。
ゆっくりと高尾を振り向くと、高尾はお茶目に笑ってみせた。
『なん・・・だと・・・?』
『ごめんね。真ちゃん』
『貴様!!』
ものすごい速さで高尾のもとに寄ると、勢い良く胸ぐらを掴み上げる。
『今の話は本当なのか?』
『うん』
全く悪びれる様子のない高尾。
チッと緑間が舌打ちをする。
『余計なことを・・・』
諦めて高尾を解放すると、なんとか気持ちを鎮めようと眼鏡を押し上げる。
『だってそうでもしないと。一生、真ちゃんの気持ち伝わらないじゃん』
『別にいいのだよ』
『どうして?』
緑間は黙り込むと、椅子に座ったままの高尾を見下ろした。

大切だから言えない。
ずっとずっと好きだったから。
想いが伝わないと悟った時、幸せになって欲しいと願った。
だからずっと見守ろう。
この気持ちは決して口にしてはいけない。

『・・・ふーん』
つまらなさそうに高尾は目を据わらせた。
『オレよりも赤司なんだな。やっぱ』
『そんなことは言っていないのだよ』
『言わなくたって分かんだよ!』
がたっと高尾が立ち上がる。
突然、声を荒げた高尾に驚いて緑間は目を丸くした。
『なんでなんだよ・・・真ちゃんにはオレがいんじゃん!!』
『高尾・・・』
『どうして赤司なんだよ・・・。なあ真ちゃん?もういい加減諦めれば?』
それだけ言い残して、高尾は部屋に引きこもってしまった。


気のせいでなければ、緑間が赤司を家に泊めて以来、高尾はどこかよそよそしかった。
その原因はきっと今朝の言動に込められているのだろう。
緑間の気持ちを天秤に掛けたとして、高尾は自分より赤司の方にはるかに傾いていると勘違いをしているのだ。
「・・・高尾」
ぽつりと独り言を呟いて、足を止めると夜空を仰ぐ。

緑間にとって高尾はなくてはならない存在だ。
高尾と赤司を比べるなんてことは、とてもじゃないけれど出来ない。
そっと目を瞑ってみると、瞼の裏に光がちらついた。

例えるなら、神様のような存在だった。
赤司は俺にとっての存在意義そのものだった。
赤司がこの世にいる限り、俺は精一杯生きよう。
強くて、美しくて、儚くて、神々しい。
その赤い色を初めて見た時、心が踊った。
『・・・名前は?』
『緑間真太郎なのだよ』
『俺は赤司。赤司征十郎だ』
十を征する――まるで神のように。
赤司が神様も同然ならば、高尾は間違いなく人間だった。
神様のもとに舞い上がろうともがく俺を、唯一この世に留めてくれる存在。
それが高尾だった。
赤司と比べたら色もない、ただのごく普通の人間だ。
それでも、奴の顔を見る度に不思議と落ち着いた。
帰るべき場所はここなんだ、と。
分かってはいるのに――・・・

俯くと唇を噛み締める。

俺は高尾を傷つけた・・・
もしかしたら、高尾は戻ってこないかもしれない。
赤司は一生俺のものにはならない。
俺には高尾が――

ふと顔を上げると雪がちらついていた。
街灯の明かりが雪を照らしてなんとも幻想的だ。
そんな光の向こうに立つ人物に、緑間の顔がみるみる驚きへと変わっていく。
「高尾・・・」
広げていない傘を片手に握り締めて、高尾は笑顔で手を振っていた。
「どうして・・・?」
「今日は夜から雪だって。真ちゃん、天気予報見てなかったの?」
にこにこ笑いながら手を振る。
口角を上げて、呼吸をする度に真っ白な吐息が広がった。
「高尾・・・俺は――」
雪が舞う街灯の下。
高尾は黙って緑間を見詰めた。
「俺は・・・赤司が好きだ。今でもずっと・・・」
「うん」
「俺が赤司を恋い慕う気持ちとお前を求める気持ちは違う。俺は赤司が好きなんだ。たぶんこれからもずっと」
高尾の切れ長の細い目は緑間を捉えたまま微動だにしなかった。
引き結んだ唇だけが、微かに震えていた。
「だが、赤司を手に入れることは俺には一生叶わない。いくら人事を尽くしても無駄なことなんだ・・・」
天命を待ったとしても、気まぐれな神様は微笑まない。
他を圧倒する絶対的な赤い神様。どうしても手に入らない存在。

「・・・馬鹿じゃねーの」

震える声で高尾が呟く。
一杯一杯の引きつった表情で、高尾は瞳を潤ませていた。
「そんなの・・・不毛なだけじゃねーか」
溢れた涙が一筋、頬を伝って落ちた。
雪と街灯が反射して、涙は星みたいにきらきら輝いた。
「真ちゃんさ・・・どんだけ馬鹿なわけ?どうせ無駄なの分かっててずっと好きなんてさ・・・馬鹿すぎるにもほどがあるっしょ・・・?」
「ああ」
目の前で一生懸命、緑間のために涙を零す高尾。
緑間は歩み寄ると、そっと抱き締めた。
「真ちゃんはさ。一途っていうかただの馬鹿だよ」
「そうだな・・・」
「そんなんでお医者さんになれんの?」
「さあな」
ぽんぽんと後ろ頭を撫でてやると、高尾が顔を上げた。
「これだから真ちゃんはさ。放っておけねーんだぜ?」
緑間は軽く微笑むと、真ん中分けのぱらぱらの前髪を撫で上げて梳いてやった。
「オレがいなかったら真ちゃんはただのおバカさんでダメダメだもんなぁ・・・」
「悪かったな・・・」
「だからオレが責任取って、一生面倒みてやるからさ」
涙でぐしゃぐしゃになった顔で、それでも高尾は笑っていた。
その笑顔が痛々しくて、緑間は申し訳なさそうに視線を落とした。
「お前にはこれからもたくさん迷惑をかけると思う」
「いいっていいって!今にはじまったことじゃねーし」
「・・・・・・」
精一杯の作り笑いを見せて、高尾は鼻を啜って擦った。
真っ赤になった鼻で笑う高尾を見ていると、胸が締め付けられて苦しくなった。

この苦しさは何なんだ?
つらいから?悲しいから?
・・・ちがう。これは――
「高尾」
そっと肩に手を添えて、高尾をまっすぐに見詰める。
頬に手をあてがって、目尻に溜まった涙を指先で拭ってやる。
自分に何が必要なのか。何が大事なのか。
ようやく分かった気がする。
「これからもずっと、そばにいてくれないか?」
降りしきる雪が辺りを包んで静まり返る。
ゆっくりとスローモーションみたいに、高尾の顔が泣きそうになってまた笑う。
「当たり前だろ・・・!真ちゃん♪」
この気持ちに名前を付けるなら、これはきっと「愛おしい」んだ――。


「真ちゃんのこと一番よく分かっていて、一番大好きなのはオレなのにさ。なのに真ちゃん、赤司赤司って。ほんとに馬鹿だよな」
「うるさい」
傘をさして並んで歩く。
それぞれが持つ傘が触れるか触れないかの距離。
この距離感がもどかしいけれど心地よい。
「だから頭にきたんだよ。にしても赤司も意外に鈍感なんだなぁ」
「赤司らしいのだよ」
「誰が見たって真ちゃんがベタ惚れなの丸分かりなのによ〜」
唇を尖らせて歌うみたいに高尾は呟いた。
「・・・お前は俺が好きなんだな」
「分かる?」
「ああ」
「いつから?」
「ずっと前から」
「ぶっぶー!」
愉快そうに声を上げると、ぴょんっと跳ねて緑間の前に回り込む。

「俺と真ちゃんは運命共同体。生まれる前から、俺はずっと真ちゃんのこと好きなんだぜ」

きっと、神様はちゃんと見ていてくれたんだ。
ずっとずっと報われない恋をして、片想いをして。
そんな俺にも必要な何かを。
神様はちゃんと与えてくれた。

「・・・運命なのだよ」
二人一緒に声を揃えて言うと、すっと気持ちが軽くなった。

これからも一緒にいよう。
どんな苦しいことも、つらいことも。
お前となら乗り越えられると信じているから。


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