「ほら、あーん」

生クリームとイチゴの塊を大きく開いた口に押し込めば、成人男性の仲間入りをしたはずの恋人は、口の周りをクリームだらけにして世にも幸せそうに笑った。
5月15日。栄純が記念すべき二十歳の誕生日を迎えたのは、本人のたっての希望により、変わり映えのしない俺の部屋だ。

雨の日から一週間。なにかが劇的に変わったかといえば特にそんなこともなく、栄純は毎日はりきって俺に飯を食わせ、うちの家事を取りしきり、俺は尻に敷かれながら充実した住環境を満喫している。
戻ってきた翌日、誕生日を自己申告しなかった罰にデコピンしてやったら「暴力反対!」と訴えたので、追加で頭頂部にげんこつを落としてやった。俺は実は根に持つタイプだ。
「DV夫!」と涙目になっていたけれど、「夫なんだ?」と聞き返したら顔を真っ赤にしてポカポカと胸を叩いてくるあたり、おまえはどこの萌えキャラかとつっこみたくなる。かわいいからいいけど。

余談だが、今年の栄純の誕生日を最初に祝ったのは俺じゃない。
一昨日、例のクラスの友達からのサプライズがあったらしく、プレゼントを抱えて帰って来た栄純の顔は興奮と嬉しさでキラキラしていた。
昨日は倉持に、あっちの大学の学食で1日限定10食の幻のスペシャルA定食をおごってもらったらしい。「なんかもう、口では言えねぇ感じっす!」と、これまた大興奮だった。
……うん。
誕生日になった瞬間一緒にいたのは俺だし、当日まるまる独占してんのも俺だし。別に悔しくなんかねぇし。ほんとだし。
ちなみにクラスメイトからのプレゼントの中身は、フードプロセッサーとかいう機械だった。
なんでも下ごしらえ等の面倒くさい台所作業が一瞬でできてしまうスグレモノらしい。すぐに頭に浮かんだのはあのピンク頭の友人だ。さすがにこいつのツボを心得ている。
今日並んでいる料理にも早速そのプレゼントは真価を発揮しているらしく、栄純は「ちょっと楽したけど、入ってる愛は一緒っすからね!」と妙な弁解をしていた。
んなことわかってる。相変わらず俺の好物ばかり並べやがって、主役は誰だっつの。

「はー、もう入んねぇ…」
料理と酒の上にホールケーキの半分を一人で腹におさめた恋人は、それでもまだ未練がましげに残り半分から目を離せずにいる。
幼児並みにぽっこりと膨らんだ腹といいガキみたいだが、ワインと日本酒でほんのり染まった頬やうなじは普段より五割増しでエロいもんだから、目の遣り場にちょっと困る。
ポケットの中に忍ばせた小さな箱を握りしめて、こっそりと息を整えた。
なんでこんなに緊張してんだと思わないでもないが、自分で選んだプレゼントを贈ること自体が初めてなんだからしかたない。
「栄純、手ぇ出せ」
「はい」
「違う、左手」
「はい?」
「まだ違う」
「……?」
ちょうだいの形に差し出された手をひっくり返す。ここまでされてもまだよくわかってないらしく、不思議そうに首を傾げていた鈍すぎる恋人がやっと状況を理解したのは、目の前に差し出した濃紺の小さな箱の蓋を押し上げた時だった。
まんまるになった目に映る、二つの銀色の輪。呼吸を忘れたように見入る大きな目の前で、大きい方をまず自分の指にはめ、小さい方をとりあげる。
「そんな高いもんじゃねぇし、サイズも間違ってるかもしれねぇけど」
だって自分のぶんはともかく、栄純のほうは指で輪っかを作って「このくらい」としか示せなかった。そもそもこいつのサイズどころか、指輪のサイズの単位さえその時に知ったんだから。
あのときの店員の生温かい笑顔ときたら。
「誕生日おめでとう」
すんなり薬指の付け根まで収まった平打ちのリングは、案の定だいぶ大きめのようだった。
顔を見合わせて少し笑って、その笑った目尻からこぼれた涙を吸い取るようにキスを落とす。
「なんで泣くんだよ」
「嬉し泣きだし!」
「嬉しいんなら笑え」
「……へへ、」
頬を真っ赤に染めたまま、半泣きのいつもの不細工な顔のままで栄純が笑う。
だから俺はその顔に弱いんだよ、バカ。
「ありがと、御幸さん」
「おう。来年はちゃんと自分の口で言えよ、欲しいもん」
「あ! それ、もう今言っといてもいいすか?」
「うん?」
心の準備をする暇なんかこれっぽっちも与えてもらえなかった。
「俺、御幸さんが欲しい」
心臓も息も止まりかけた。確実に。
ひたと俺を見据える栄純の少し赤い目は、揺れることも逸らされることもなくまっすぐに俺に向けられていた。
初めて見る目だ。
「御幸さんも御幸さんの名字も、全部。俺にください」
「それって、」
「俺、人生ワガママに生きることに決めやした!」
晴れ晴れとした笑顔は目を瞠るほどに力強くて、とっさに言葉が出てこない。
……そんな顔もするんだ? おまえ。
なんだそのイケメンなプロポーズ。俺より断然かっこいいじゃねぇか。なにこの圧倒的な敗北感。ちょっと悔しいんだけど。
「俺が欲しいの?」
「はい!」
「ふぅん、でもどうしよっかな」
「え、……え!?」
俺の小さな意地悪に、一転してわたわたと焦る恋人を腕の中に引き寄せると、甘いクリームの香りがした。唇の端をペロリと舐めてみる。甘い。どこもかしこもいい匂いで美味そうで、食っちまうぞコノヤロウ。
「全部やるよ。そのかわり、ちゃんと毎年欲しいって言えよ?」
絶対に叶えてやるから。
そう耳もとに囁いたら、男前な恋人は返事のかわりに満開の笑顔で、少し不器用なキスを俺の唇に押しつけた。