沢村視点






「照れるのぉ、イケメンに手を握られてしもうたわ。羨ましいか? 栄純」

じいちゃんがみゆきの手をにぎにぎしながらそんなことを言うもんだから。

「そんなん俺だって握ってるし! ほら!」

対抗したくなったのはしょうがねえよな? だってみゆきは俺の猫……いや人? 人猫? とにかく俺のだし。
つないだ手を俺とじいちゃんにそれぞれ持ち上げられて、みゆきは小さく万歳状態だ。
無言で困ってんのがなんだか可笑しくて、俺が最初に、次にじいちゃんがこらえきれないように笑いだす。
みゆきも最後には笑ってたけど、それでもやっぱり困った顔をしていたから、じいちゃんも俺も腹がよじれるほど笑った。

帰り道、自分の靴下が柄違いなのに初めて気づいた。
自分じゃ一晩置いて落ち着いてたつもりだったけど、実はそうでもなかったらしい。
「冬でよかった」とみゆきが真顔で言ったのはフォローのつもりなのかからかってんのか、どうにも判断に迷うところだ。

「じいちゃん、元気そうでよかったな」
「無駄にな! っとに人騒がせな、」
「はいはい」

俺の照れ隠しを軽く流して、みゆきが楽しげに笑う。全部わかってるって顔で。
それがちょっと悔しくて、でも安心して、ゆっくり歩きだした背中を追いかけた。
その日。
ずっと、はるか先であって欲しいけれど、俺がじいちゃんを見送る日は必ず来る。それが順序ってもんだし、逆は絶対絶対ダメだって思う。
だからってそれが怖くないかといえば話は別で、二十歳を越えた今でも正直怖くてしかたない。
けど。
昨夜、みゆきの腕の中で思ってた。
いつかくるその時にはみゆきが傍にいてくれる。何があっても一緒にいる、そう全身で教えてくれる存在が。
それがどれだけ俺を幸せにしてんのか、この優しい猫はきっと知らない。

「栄純?」
「……あ、うん」
「はは、眠いんだろ? 今夜は早寝しような」

違ぇよ、眠い訳じゃない。みゆきのことを考えてただけだ。
って言ったらこいつはどんな顔をするんだろう。
昔のことをみゆきはあまり話したがらない。ただ穏やかに「そんなに悪い暮らしでもなかったし」と笑うだけだ。
でも、猫の時はわからなかったけど、みゆきの体には細かい傷がいくつもある。
普通の猫より高いというその治癒力でも治りきらなかった傷跡。俺はそれを見るたびに、上手く言えねぇけどなんだかたまらない気持ちになる。
過去に戻ってその一つ一つを撫でて「大丈夫」って言ってやれたらいいのに、なんて思っちまうんだ。
こういうのをきっとさ、……すげぇ照れるけど。顔から火を噴きそうだけど。
愛しいって。
そういうんだろう。

「みゆき、俺さ」
「ん?」

なあ、そう言ったら驚くか? 喜んだりすんの? 嬉しい?

「……今日の晩飯、魚がいい」

あー、ほら。やっぱ無理。言えねぇけど。
それでもみゆきはやっぱり全部わかってるみたいな顔をして俺の手を取り、そっと指を絡めた。