※注意
・このお話は、某サイトに掲載していた整体師御幸と患者沢村(リーマン)の出会いからくっつくまでの話の四話目です。(一話〜三話は他の方の作品のため現在お読みいただけません)
・一話完結ではありますが、前三話からの流れを受けているのでわかりずらいところもあるかと思います。気になる方は回れ右でお願いします。
・当サイト内の『ありがちなオチでした』の少し前の話でもあります。










「死んだ…」

机に突っ伏して死人と化した俺に、けど返事を返してくれる人間は誰もいない。
そろりと頭を上げると、あちこちの机やソファの上、ひどい場合には床に直接倒れこんだ奴もいて屍累々といった悲惨な状況だ。
まだ声が出るだけマシ、と思いつつも差し込むような頭痛にもう一度机に倒れこむ。

限界だ。マジで。




一週間ほど前から俺の部署は繁忙期に突入した。
普段はそこそこ暇もある職場もこの時ばかりは全員必死の形相で仕事に追われることになり、特に独身の男子社員に振られる仕事量の比重は半端無くて週の半分以上は終電を逃す日々が続いている。
そろりと動かねえと恐ろしいことになりそうな予感を孕んだ腰と、もう凝ってるのかどうかさえわからなくなった肩と首を抱えて後もう一週間ほど続く激務を乗り切る自信は正直、ねえ。
けどもう背に腹は、と思っても実際整体院が開いてる時間に退社できるはずも無く、通院は物理的に不可能だ。
(…直前に行っときゃよかったんだよなぁ)
忙しくなる時期はわかってたんだし、ちゃんと調子を整えてもらってから突入してれば今より全然楽だったに違いないのに、足を向けるのを躊躇したのは、あれだ。

『本気で狩りに行くから、覚悟した方がいいよ。』

あの御幸の言葉が、冗談で片付けるにはやけに真剣な声音がどうしても頭にこびりついて消えてくれない。
うんわかってんだよ、冗談だよな?誰にでも言ってるセクハラだよな?
でも。もし万が一冗談でなかった場合にどうなるかなんて想像したら。な?誰だって二の足踏んじまうだろ?

焦点が合いにくくなった目で目の前に置かれた携帯をぼんやりと見る。
…もう電話してしまおうか。今なら少々のセクハラにも耐えられる自信はある。
目を閉じたら「俺の家で腰、いつでも診てあげるけど?」っていう、それだけ聞いたらすげえ魅力的な台詞が聞こえた気がした。

…いやいやいやまて、早まるな俺。
川上先生も患者さんもいない、そんな魔窟に自ら飛び込んでどうする。しかも夜中に。無事に帰れる気が全くしねぇ…!
いかん俺は相当疲れている。頭痛が思考の邪魔をする。

ああでも。
だれかこの体を楽にしてくれねぇかなあ…。

「お、沢村、腰悪ぃのか?」
「んあー、相当きてるなー」

さらに追加の仕事を持ってきた隣の部署の同僚が憐れみの視線を向けてくる。そうかそんなに同情してくれるならその伝票はそのまま持って帰ってもらおうじゃねぇか。

「今さ、仮眠室にうちの課長が出張の整体師を呼んでるらしいぜ。ついでにマッサージしてもらえば?」
「出張整体?」

そんなこともできんの?
もちろん出張費はかかるんだろうけど、例えば川上先生とか頼んでみたら…いや待て、よく考えろ。誰に頼んでも間違いなく来るだろ、あの人が。
却下だ却下。

…整体師さん、いるんだよな?ちょっとだけお世話になろうかな。ばれなきゃ平気だよな?
ばれっこない、あの人だって社内での俺の行動なんてわかるわけねぇんだし。

「腕もいいらしいぜ?行って来いよ!」

同僚の明るい笑顔に押されて、俺はよろよろと仮眠室のドアをノックした。




■□■




最近の整体師さんは試験に芸能界並みの面接でもあるんでしょうか。
なんだ最近のこのイケメン率の高さ。会う人会う人もれなく美形ってどういうことだ、何があった整体業界。

「白河です」
「あ、沢村です。突然すいやせん、お願いします」
「じゃ、そこにシャツだけ脱いで横になってください」

二課の課長さんが呼んでたのは御幸や神谷先生と同じくらいの年だけど二人とは違って線のやや細い、その分繊細な感じのするとても綺麗な顔立ちの整体師さんだった。男の人に言うのは失礼かもしんねえけど、和風美人というか。
それがにこりとも笑わずに小声で淡々と喋るもんだからよっぽど機嫌が悪いのかと思いきや、これが素らしい。
俺も散髪や歯医者で喋りかけられんのがあんま得意じゃねえから、放っといてもらえるんならそれはそれでいいかなとほっとする。

「一番気になるのは?」
「あ、腰っす。それと肩こりが酷くて」
「わかりました、じゃあそこを重点的に見ますね」

先生の手が首筋から肩にかけて段々力を加えながら動いていく。
時折「…でもない」「ここは…だから…」とか聞き取りづらい音量で独り言をぶつぶつ呟いてんのがちょっと怖え。

…あれ?

神谷先生ん時と同じだ。技術的にすげえ巧いのはわかるんだ。
腕や指の細さに反してこの人結構な力持ちだし、凝りをほぐしていく手際も的確でよどみない。
なのに何だろう。何が違うんだ?
…御幸のときと。

「思ったより柔らかくなるのが早いですね。もしかして何処か定期的に通ってます?」
「あ、御幸のとこに何回か」

って、わかるわけねえじゃん。ちょっとあせる。ええと、あそこの整体院!名前!何だっけ?

「御幸?そこの大通りを右にいったとこにある整体院の?」

え。

「…し、知ってらっしゃる?」
「狭い世界なので」

ざっ、と自分の血が一気に引いた音を聞いた気がした。
不覚…!整体師同士ってそんな横の連携があるもんなのか?
万が一御幸の耳に入ったらどうなるかなんて想像すんのも嫌なんですけど!

「あ、の。お願いがあるんですが」
「何か?」
「ええと、御幸先生にですね、今日のことは黙っておいてもらえると大変助かる、のですが」
「…何で?」
「いやあの、いろいろと差し障りが」

恐る恐るお願いしてみた俺の顔をしばらくじっと見つめて、白河先生はやっぱり無表情のまま「わかりました」と頷いた。
無口な人ってのは口が堅いはずだよな。頼むよ、信用してるからな白河先生。
あんたの口には大げさでなく俺の命運がかかっている…!

結局その日は軽くマッサージをしてもらって、やっぱり「なんか違う」と首を傾げながらも肩も腰もだいぶ楽になったことに素直に感謝した。
仕事の山場はあと数日で越える。それを乗り切ったら腹を括っておとなしく御幸んとこに行くかな。と殊勝にも俺が考えていた、にも関わらず。

それはたった、そうたった!二日後の夜のことだった。



■□■



目をこすった。それでもまだ見えるからもう一度これでもかというほどこすった。
はは、嫌だなぁ、疲労が見せる幻かな。今日も一日良く頑張ったよ俺、もうじき日付が変わる時間だもんな。
そんなに疲れてんのか。きっとすげえ整体に行きたかったんだよな。
…だからうちの課の入り口ににっこり笑って立ってる御幸が見えたりするんだよ。
そう、これは幻だ。幻覚だ。
そうでなければならない!

「沢村、あの人誰?沢村のこと見てるけど」
「…見えるんっすかやっぱり…は、はは…」

小湊先輩の言葉に俺の儚い希望はあっさり打ち砕かれた。やっぱ本物かよ。
観念してくるーり、と首を捻ってそっちを見たら、御幸が特上の笑顔でこっちに来ようとするのを慌てて静止して小走りに駆け寄る。
部屋にはもう先輩と俺しか残ってねえし、どう考えてもあまり人様に聞かせたくねえ話の展開になりそうな嫌な予感がするし!

「あんた何してんスか、何でここに」
「沢村さん、いつも当整体院をご利用いただきありがとうございます。本日はお得意様への特別サービスとしまして、出張整体とマッサージを承っております」

…何それ。聞いてねぇよ、ひとっことも。
完璧な営業スマイルと口調、けど目が全っ然笑ってねえのが相当怖ぇえ。

「え、いや、そんないきなり。ここ会社だし、施術する場所もねえっスし」
「仮眠室があるんだってね?先日もどこぞの整体師が呼ばれたとかいう話を聞いたけど?」
「な」

何でそれを…!

「や、でも今仕事中だから」
「沢村、やってもらえば?腰も肩も限界だって言ってたじゃん」
「こ、小湊先輩…?!」
「俺は机の上片付けたらもう帰るから、ゆっくり見てもらったらいいよ」

お抱えなんだよね?ってにっこりと笑う、何の悪意も無さそうな無垢っぽい笑顔に見えるけどある程度付き合いのある俺にはわかる。
剃刀みたいによく切れるこの桃色の頭の中では、先日の俺の相談と今の状況が綺麗に符合しているであろうことを。

この人絶対わかって楽しんでる…!

「さ、じゃあ始めようか沢村さん。仮眠室は?」
「出て左、突き当りを右に行って一番奥のドアだよ」
「ご丁寧に」

なんであんたらそんなに息ぴったりなんスか。もしかして共謀してんじゃねえだろうな…?
優しく、けれど逆らえない力で背中を押されてドアの外に促される俺の頭の中はドナドナの物悲しい旋律で満ち満ちている。いっそ俺も市場に売り飛ばしてくれ。
隣の御幸をこっそり見上げたらすげえ笑顔が返って来て、もう本当に二日前の自分を殴って昏倒させてでも止めてやりたくなった。

…後悔先に立たず。



■□■



仮眠室は畳敷きの10畳ほどの和室だ。
年に数回の繁忙期のためだけにあるような場所で、布団以外にはほぼ何も無い本当に殺風景なその部屋に立つ御幸のミスマッチ感がすげえ。
思えばあの簡素な整体師の服を着ていてさえあれだけキラキラしてたんだ、私服なんか着させたらもうね。
こんな夜中近くに女の子達はもう誰も残ってねえけど、いたとしたらきっと大騒ぎになってまた整体院に新しい患者が殺到したに違いない。
…なるほど、あの待合室のピンクピンクした患者構成はそうして出来上がっているわけか。
なんかムカつく。

「ずっとここで寝てんの?」
「あー、仕事が押して終電でちまったときとかはもう雑魚寝状態っス」
「…言ったよね?沢村さん無防備すぎるって」

またワントーン機嫌を低下させたっぽい御幸の声にがっくりする。この人ほんと残念な人だ。
無防備も何も、気力体力すべて使い果たした野郎ばかりの雑魚寝になんの危機管理がいるんだよ。
それにしても何でばれたんだ、やっぱあの和風美人整体師を信用したのが間違いだったのか?
口の堅そうな人だったのに。てか整体師には守秘義務はねえのか。
って考えてたのが全部顔に出てたのか、御幸が少しだけ哀れみの交じった視線で予想外の事実を口にした。

「いいこと教えてあげようか。白河はね、俺とも知り合いだけどもともと同期で仲がいいのはカルロスなんだよな」

 あ い つ か …!

ていうか白河先生も白河先生じゃねぇ?確かに俺は「御幸には言わないで」としか言ってねえけど、神谷先生に伝わったら即座に御幸まで届くのって考えなくてもわかるじゃん!
絶対わざとに違いねぇ。俺はもう顔の良い整体師なんて金輪際信用しねぇからな…!

「さて。何か言いたいこと、ある?」

腕を組んでにっこり微笑む御幸の目がすげえ怖くて思わず畳の上に正座する。…またこのパターンかよ。
何で俺が申し開きをしなきゃいけねえんだと思わないでもないけど、この無駄に綺麗な顔で笑顔で凄まれるともう逆らってはいけない感が半端ねえ。

「いや。仕事が、すげえ忙しくてですね」
「うん。そうらしいね」
「整体院の診療時間中に絶対行けねえし、腰や肩は限界だし」
「うん、そろそろきつくなる頃だと思ってた。それで?」

それで、って言われるとそこでもうどうしようもなくなってしまうんですが。

「番号もアドレスも知ってるよね?俺、いつでも診るって言ってあったよな?なのに他の男に触らせてるってどういうこと?」
「いや、でも!今回は俺が呼んだわけじゃなくて、人のついでだったし…!」

ガラス玉みたいな御幸の目が眼鏡越しに俺を見下ろしている。
長い指が頬を辿り顎にかかって、くい、と顔を上向けられて息を呑む。相変わらず整いすぎくらいに整った綺麗な顔立ち。
それが無表情だとかなりの迫力だ。

「…わかった、じゃあまず施術しようか。どういうつもりだったかは体に聞こうな」

「まず」って何。整体師が施術以外に何すんだよ。
なんて聞いちゃいけねえ。沈黙は金だ。俺は学習する男だ。

「着替える?持ってきたけど」
「いや、今日はいいっス!シャツだけ脱ぐんで!この間もそうだったし」
「…ふうん、この間もね。じゃあ手伝ってあげよう」

俺の返事も待たずに勝手にネクタイに手を延ばしてくる。
しゅるり、と布のすべる音が妙に部屋に響いて心臓に悪い。
毎日聞いてる音じゃねえか、何でこの人がやるとこんなにいちいち無駄にエロいんだ。
そのままボタンも外そうと伸びてきた手を払い落として、慌てて自分で一気にシャツを脱ぎ捨てる。

「ベルトも外しといて、伏せたときに痛いから」
「っス!」
「畳の上ってのも刺激的だよな」

ポツリと聞こえた不穏なセリフは全く聞こえなかったふりをして敷布団の上にうつ伏せになる。
枕の上で楽な位置を探し当てて力を抜いたと同時に降りてきた御幸の手が、首、肩、二の腕を確かめるように触っていくのが気持ちよくて思わず長い吐息がもれた。
これこれ、これなんだよ。
不本意だがこいつの手は本当に気持ちいいんだよな。いっそ手だけ取り外して持って帰りてぇ。青い猫型ロボットの道具にそんなんなかったっけか。

「なあ、白河はどんな風に沢村さんに触ったの?」
「…っ、」

やらしい言い方すんなよ、って言おうとしてそれじゃあ神谷先生ん時の二の舞だ、と慌てて口を噤む。危ねぇ、さっき誓ったじゃねえか。沈黙は金。
とたんに空気がひんやりと冷たくなったのに驚いて振り向くと、御幸の目が剣呑な光を強くしてすぅ、と細められた。
え?な、なんで?

「言えないようなこと、されたわけ?」

…どっちを選んでもバッドエンドかよ!

「ふ、ざけんな、普通に肩と腰を診てもらっただけだよ!皆が皆あんたみたいに年中セクハラしてると思うなよ…!」
「そんな人を変態みたいに。沢村さんにだけだよ」

そのものズバリじゃねえか。
ていうか俺にだけって何だ、なお悪いわ。

「沢村さんに触っていいのは俺だけって前に言ったよな?」
「…んっ、ふぅ、く、」
「覚えといて、って言ったのに。人の話を聞かないから」

あんたにだけは言われたくねえよ。そう言い返してやりてえのに。
気持ちいい。体が触られた端から暖かくなってほぐれてくのがわかる。
言われてることは理不尽なことばっかなのに反論する気力が削がれてく。おのれ卑怯な…!

「今度こそ覚えといて。どんなに浮気しようとしても、沢村さんの体を一番知ってんのは俺だから」
「…っく、んっ…、何だよ、それ、」
「無防備で無自覚で、目を離すとすぐに他の男にふらつくなんてな。これはもうお仕置きが必要だと思わねぇ?」

首筋のリンパを流す手がくすぐったくて肩を竦めると、気がつけば至近距離にあった唇がふ、と熱い息を耳の中に吹き込んだ。

「ひっ!」
「ここ、弱いでしょ」
「そ、れ、整体と関係、ねえじゃん…!」
「ないね」

認めやがった…!

「沢村さんは絶対に快楽に弱いよな、気持ちいいこと大好きだろ」
「な、に言って…は、んんっ」
「体は従順なくせに頭はそれを認めねえ。だから余計にそそられるんだって知ってる?」
「っく、ふ、ぅ…!」

なに言ってんだこの人、従順って何だよ、変なのはあんたのほうじゃねぇか。
どこが違うのかわかんねぇけど、どんな上手い人にかかってもあんたの手となんか違うんだよ。
なんで?あんた俺になんかしたのかよ?

「ん…んっ、は、あ、」
「エロい声。すげえエロい顔」
「っ、」
「そんな顔他の男に見せるなんて有り得ねぇんだけど?」

口を開けば変な声ばっか出てくるから何も喋れねぇ。御幸の手がいつもより執拗に感じるのは多分気のせいじゃねえと思う。
肩を、二の腕をほぐして腰に下りる手は確かに整体師の動きで他に何をしてるわけでもないのに、体も脳みそも蜂蜜みたいにとろりと溶けてもうとろとろだ。
くそう、よりによって疲労がピークのときに来襲しやがるから、もう思考が霞んでちゃんと考えらんねぇ。
なんか言い返してやりてぇ、のに、…何か。

「あんた、だって、」
「え?」
「あんただって、俺以外の人にも触りまくってんじゃん!」

言ってやった!と思った瞬間、絶え間なく動いていた御幸の手がぴた、と止まった。
同時に思考力が少しだけ戻ってくる。

…。

あれ?俺今、なんつった?

「…ふうん」

すっげえ楽しそうな御幸の声が恐ろしくて振り返れねえ。

「嫉妬してくれてるんだ?嬉しいね」
「ち、違う!今のはなんか間違えた!そうじゃなくて、」
「こんな風に触んのは沢村さんだけだよ。安心して」

力の入らない体を仰向けに返される。
Tシャツの下に滑り込んだ手のひらは、今度こそ疑う余地もないくらいに明らかな意図をもってさわりと腰骨から臍を撫で上げる。
ああ、ヤバい、抵抗できねぇ…!

「は、う、んんっ、ぁ…!」
「もう全身がエロいよ?沢村さん」
「っ、誰のせいだと…!」

そう、全部この人のせいだ。
わけわかんねえこと口走ってしまうのも、頭ん中ぐちゃぐちゃになるほど気持ちいいのも、全部全部この人のこの手のせい!
その長い指が、内緒話のときみたいに俺の唇の上に押し当てられた。
そのまま下唇を意味ありげにゆっくりとなぞって、俺の目の前で真ん中の3本指を立てる。…さん?

「三秒だけ待つ。動かなければ了承とみなす」

さん、にい、いち。

御幸の指が一本ずつゆっくりと折りたたまれて、そしてゼロになるのを、なぜか目を逸らせないまま――動けないまま、見てた。
なんだ俺、いったいどうした?
なんて考えてる暇も無い。

「…っふ、」

かぷりと喰いついてきたかと思ったらいきなり歯列を割って口ん中を掻きまわすキスも、
意に反して跳ねる体を宥めるように緩く撫でていく、その手も。

なあ…何で俺、気持ち悪くねぇの?

え、うそ、まさか。
とんでもねえ結論に達しそうですげえ嫌なんだけど。
…俺、そうなのか?!
いやいやいやいやありえねぇ!正気じゃねえ!
そりゃこいつは見た目は最高級で整体の腕もいいけど、中身は変態でセクハラ野郎で、しかも男!なのに?!
何でそんな人生色々捨てるような真似を好き好んで!

閉じられないままの目に映る、焦点があわねえ程の近距離にある睫毛の長さにあらためて驚く。
唇が離れて、御幸の目がゆっくりと開いていくのを呆けたように見てた。
珈琲色の中に溶け出した濡れた熱。
そんな目で俺の視線を捕まえたままニヤリと笑う、そのとんでもねえ艶に頬が勝手に熱を持つ。

「合意、成立?」
「……っ!」

くそ、そういうことかよ。
神谷先生や白河先生に「なんか違う」って思ったのも、
他の病院に変わることなくあんたんとこに通い続けたのも、全部。

俺、悪趣味すぎんだろ…!

あんまりな事態に眩暈がしてやっと御幸から目を逸らすと、クスリと笑う気配がしてまたその手が動き出す。

…ん?

素肌を直接さわさわと撫でる手が俺の腰を確かめるように這い回る。
また寒気に似た震えが背中を駆け上る。

「相変わらずほっそい腰。ちょっと痩せた?駄目だよしっかり食べないと、最後までもたねぇだろ」
「あ、んたなにして」
「なにって。」
「こら待てえ!」

そのまま下着の下に直接差し込まれようとした手を必死で押さえる。さっきベルトを外させたのはまさかこのためじゃねぇだろうな。
ちょ、冗談じゃすまねぇだろそれは!

「――もっと気持ちいいコトしてやるよ」
「っひ、んっ…!」

この声は最初からヤバいと思ってた。
エロ過ぎだろあんた、う、あ、喰われ、る…!
助けて神様!いやもう誰でもいい、とにかく、

「だ、誰かー!」
「呼んだ?」

…え?

ヤケクソの叫びに返って来たまさかの返事の主を探して慌てて首をひねると、いつのまにか入り口のドアが開け放たれてた。
ドアにもたれて楽しそうに俺達を見下ろしてる桃色の頭、優しげな微笑みは。

「…小湊、せんぱい」

救いの神…!といいたいとこなんだけど、天使の羽根より悪魔のしっぽが見え隠れする気がするのは俺の目がおかしいですか?

「そっか、ここ鍵が無かったんだよね。残念」
「会社の仮眠室に鍵なんかあったらそれこそ色々ヤバイでしょ?別に会社じゃなかったら止めないよ、そいつも嫌がってないみたいだし」

やっぱりね!
ってかそのドアいつから開いてたんスか。そしてあんた、どこから見てた…!

「じゃあ沢村さん、場所を移して続きしよっか。俺の家とホテルとどっちがいい?」
「俺は自分の家に帰るんだよ!」
「うん、別にそっちでもいいよ」
「違くて!」

布団から跳ね起きた俺は、それでもさすがに気がついた。
軽い。冗談みてえに腰が軽いし肩も首も普通に動く。おまけに頭痛も綺麗さっぱり消え失せている。

…すげえ…。

畳に座ったままの御幸を思わず見下ろすと、全部わかってるみたいに余裕の笑みが返ってくる。

「な?沢村さん、もう俺無しじゃいられねぇだろ?」

………。
もしかしてもしかしたら。
俺は今の仕事を続ける限りは一生こいつと縁が切れない体になってしまったんじゃ…!

「大丈夫、一生面倒みるからね」
「良かったね沢村、甲斐性のある人で」

相変わらず息ぴったりの二人の笑顔がものすごく胡散臭くて卒倒しそうだ。
凝りからくるのとはまた別の頭痛に取り付かれた気がして、俺はまたその場に力なくへたりこんだ。



ああ、俺の人生この先どうなっちまうんだろう…?









個別に出張も受け付けてるけど?
(ただしお支払いは当方指定のモノで、ね)
(…現金で支払わせてください!是非!!)