お題:ときめく
※名前変換無し
※モンスターに固定名有り

隣に座る黒くて雄々しい豹のようなモンスター____シャドウパンサーのアンドレは、私が幼いころから、そして彼自身がシャドウベビーのころから生活を共にしてきたいわば家族のようなモンスターだ。
地獄の殺し屋と揶揄されるキラーパンサー以上に、残忍で残酷だと恐れられているそこらのシャドウパンサーとは違う、誰に対しても優しさを持った彼は私の憧れであり、それと同時に恋心を抱くモンスターであった。
人ではない彼にときめきや恋情を抱いたのはいつのころだったか、思い出せる限りでは幼少期だったはずだ。大人たちに行ってはいけないと言われていた森に足を踏み入れた時。確か……確か、そう。

***

「アンドレ、今日は森に行ってみよう。行ったのがバレなかったらきっと大丈夫だよ!わたしだって魔法使えるし、入ったらすぐ帰るから!ね?お願いっ!」

どうしても森に行ってみたかった私はアンドレを前にぱちんと両手を合わせて懇願した。幼かった私はまだ判断も未熟で、どうして大人たちが森に入ってはいけないと言っていたのかが理解できていなかった。今はそれが分かる。生きていることが不思議なくらいに、当時は子供が相手をするのは自殺行為と言われるほど森の魔物たちが強かったからだ。

「わぁ……ねえ見てアンドレっ、見たことないお花が咲いてるよ!キレイだね……!」
「あんまり走り回ると転ぶから、気をつけて。」

その時名前すら知りもしない花を見てきゃっきゃと笑っていられたのは、まだ私が幼かったからと言う理由で済ませておくことにする。そうして長い時間笑っている私を見たアンドレは呆れたとばかりに喉を鳴らし、もう帰ろうと促した。
さすがにさらに先の未知の領域へと足を踏み入れるのが怖かった私は足早に森を出た。否、出ようとした。出ようとして、出られなかったのだ。

「きゃああっ!」

ぎょろりと動く気味の悪い目、腐ったような皮膚。アンドレ以外の魔物を目にしたことがなかった私は目の前の動く死体を見て悲鳴を上げるほかなかった。竦む足をどうにかして動かそうとするも、恐怖が勝ってその場から一歩も動けない。

これはチャンスだと言わんばかりに、死体はニヤニヤと笑みを浮かべて私へと一直線に爪を振り下ろす。咄嗟に目を閉じて襲い来る痛みを待つけれど一向に来る気配がない。恐る恐る目を開けてみれば、アンドレが鋭い爪で死体を切り裂き、助けてくれたのが見えた。

「この子に、触るんじゃないッ!」

彼がこれほどまでに怒ることは今までで一度もなかった。ぎらぎらと闘志を燃やす目も見たことがない。私のために身を呈して守ってくれたのだと思うと、胸がきゅっと苦しくなって、頬が熱を帯びる。私はきっと、その姿に心を惹かれたのだろう。

そこからのことは幼い私も今の私もあまり覚えていない。泣きながら村へ帰った私は大人たちにこっぴどく叱られ、しばらく家から出ることができなかったと思う。だがその間アンドレがずっとそばにいてくれたことだけは鮮明に覚えていた。

「ごめんねアンドレ……わたしが森に行こうなんて言わなかったら、アンドレももっとお外に出れたのに……」

それでもアンドレは許してくれた。自身の持つもふもふとした柔らかい毛、そこに私を招く。誰かと喧嘩をした時や村の大人に叱られた時はいつも決まってそこへ座り、私が落ち着くまで隣にいてくれた。

「君に怪我がなくてよかった。ほら、いつまでもめそめそしてないで、庭で遊ぼう?」

「……うん!」

何気ない気遣いだったが、ただただそれが嬉しかった。幼い頃から私はアンドレと共にいられればそれでよかったのだ。

***

「ふふっ、もうアンドレは忘れちゃったかな……?」

頬を撫で付ける風が気持ちいい。ふわりと香る花の匂いも、その中に混じるアンドレの香りも、どれも私にとってかけがえのないものだ。

「君とのことなら、忘れてないと思うけど……どうしたの?」

「なんでもない。ただ、アンドレは優しいなーって思ってただけ。」

「そうかな?」

「そうだよ。」

誰かにすれば他愛もない会話だって、私の中では胸が高鳴るほど嬉しいものだ。アンドレがあの時のことを忘れていても私は一生忘れない。あれから10年ほどたった今でも、私がシャドウパンサーのアンドレに抱く気持ちは変わらない。そして私の恋情が揺らぐことも、きっとないだろう。


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