山道を駆け上がり山頂のフェンスから箱根の町を見渡す。小さい頃からの習慣で、毎日ここに来ては上から見渡している。
一番好きな景色はどこかと言われたら真っ先にここだと言ってしまうのだろう。
ショルダーバッグから正方形の和紙を取り出して折り目を入れ、形を作り上げていく。
中心が少しずれるだけでバランスが悪くなるので丁寧に折っていき、最後は慎重に角度を調整して完成。
和紙で折っていたそれは紙飛行機でぼくが三番目に好きなものであり、暇さえあれば折っては飛ばしている。
勿論一番は今目の前に停めてあるロードバイクのSILQUE。二番目は山頂。苦しくなればなるほど楽しくて愛おしくてなくてはならないもの。
背が低くても乗れるロードバイクを探してやっと自分好みの走りをしてくれる子に出会い、一目惚れした。
由来の通り絹の上を走行しているような、あの滑らかさな走りはこの子でしか味わえないだろうと即決してしまったのを今でも覚えている。
もうこの子ではないと早く登ることが出来ないのではないかと思ってしまうくらい気に入っていた。
なのに今のぼくにはこの大切なロードバイクに触れる資格があるのかわからなくなってしまっていた。触れると仕舞いたくても仕舞いきれない程悔しくて、周りに当たってしまいそうでとても辛くなって、一人になりたくてここに来た。
気持ちを切り替えて皆をサポートしないといけないのに、いつまで経っても切り替えれないまま時間だけが過ぎていっている。
頭では分かっているのに片隅では悔しくて仲間を蹴落としてやろうかとさえ考えてしまっている。こんなことを考えてしまう自分が嫌いだし、身体が嫌だと拒否してどうしようもなく頭の中がぐるぐると変なことばかり考えていた。
このままじゃダメだと恐る恐る触れれば、あの悔しい記憶を思い出してまた涙が溢れて止まらなくなっていた。
拭っては溢れるの繰り返し。昨日も沢山泣いたのにまだこんなに出てくるんだと自嘲する。
「はは……っ、…くっ、やしい、っ」
あれはぼくの実力不足だった。思いっきりペダルを踏んだ、思いっきり漕いだ。
でもだめだった。最後の最後に抜かれたのはぼくの想いがあの子より劣っていたからかもしれない。
それともただ実力不足だっただけなのかもと考えれば考えるほど嫌な気持ちになってしまい頭を左右に振る。
一旦気持ちを切り替える為に手に持っていた紙飛行機を力なく空に向けて飛ばし、ロードバイクに跨り走り出した。
あの青い空で気持ちよさそうに自由に飛んでいく紙飛行機を見ながら漕ぐととても気持ちが軽くなるんだ。今回も少しだけ気持ちが和らいだ気がした。
「ぼくも、自由に羽ばたきたい…」
その瞬間、彼の周りに風が舞い、見えるはずのないものが見えたと思ったら一瞬だった。そう、さっき山頂を下ったばかりだったのに、いつの間にかここまで下りて目的地まで目の前まで来ていた。
その目的地は箱根学園。ぼくの通っている学校だった。
部室の扉を開けると、少しツンとするけど嫌いでは無い寧ろ好きな匂いが鼻を掠める。
誰もいないと思っていたのにIH出場するメンバーが勢揃いしていて、なんでいるの?と頭を傾げた。
「む!遅いではないか、真言!」
「いやだってさ、今日学校も部活も休みだよね」
今日は休みだと聞いていたので自主練の為に部室に来たわけで、ミーティングがあるなんて聞いていなかった。てことはメンバーのみの集まりなのかな。
しかし真波くんがちゃんと集まりに参加しているだなんて珍しいこともあるもんだ。彼をじっと見つめていると視線が合い、へらりと無垢な笑みを浮かべながら腰を浮かせ近づいてきた。
「真言先輩、遅いですよぉ」
「今日なんか予定あったっけ」
「ア?真言チャン、メール見てないのォ?」
真波くんにいつもの様に頭をわしゃわしゃ撫でられ髪の毛が乱れる。ぼく君の先輩なんだけどね?その光景を見ながら顔を歪める荒北の言葉に頭が追いつかず、携帯を鞄から出して確認。
「わあ、ほんとだ」
携帯のメッセージには通知が軽く30件は超えてて、電話も同じぐらい来ていた。いや、あの、気付かなかったぼくも悪いけどめちゃくちゃ怖いな。
がむしゃらに山頂へと目指していたからなのか、全く気が付かなかった。申し訳なさもあり恐怖もありと半々な気持ちだ。
「文月」
「…ん」
喧噪する部屋ではっきりと聞こえた声の主に一瞥すれば腕を組む福富がこちらを見ていた。
じっと見るその瞳は力強く、何も責めてなどいないのに数日前の出来事のせいで収縮してしまう。
そう、最近雪くんと真波くんとぼくの3人でIHレギュラーの座を掛けて勝負し、僅差で負けた。
少しの差で負けたとはいえ負けは負けなので、IHに出れなくても箱学が優勝してくれればぼくは後悔はしない。
…ごめん嘘ついた、後悔ありまくりだし最後のIHだったので悔しくて皆がいない場所で沢山泣いた。
皆優しいから何も言わないし、それで陰鬱になってしまう自分がとても醜くて嫌いで普通にするので精一杯だった。
「オレ達は強い」
「うん」
「箱学に弱いやつはいない」
「っ!」
なんとなく福富の言っていることが分かってしまって、目尻がジンと熱くなってくのを感じた。気を遣わせちゃったんだろう、その為にメールや電話をしてくれたのかもしれない。
周りを見渡せば皆がこちらを真っ直ぐ見ていて。いつもへらへらしている真波くんまでもが真剣で、つい声が籠ってしまう。
「、ごめん……ありがとう」
「ッダァーー!だからァ、謝んじゃネェヨ!」
「ヒュウ、靖友顔赤くなってんぜ」
「ウッセェ!!」
皆の優しさにまた泣いてしまいそうで、歪んでるであろう顔をグッと堪えるも虚しく瞳からぼろぼろと溢れて止まらなかった。
真言。そう呼ばれた瞬間誰かに抱き寄せられていて、それが東堂くんだと言うのに少し時間が掛かった。
「沢山泣け。オレたちがお前をまたあの舞台に連れていってやる」
「ははっこれでもかってぐらい沢山泣いたんだけどなあ」
みんなの優しさとその言葉で更に緩んだのか、周りの目も気にせず大きな声を出して泣いた。
言葉にできない想い
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