簡単に解けた糸


誰もいない放課後の教室。窓からはオレンジ色の光が差し込んでおり、時の経過を感じさせる。外や廊下からは楽しそうに話す生徒たちの声が聞こえる。けど、何も気にならなかった。今、この空間は私たちだけの物なんだから。

私は反対向きに椅子に座っており、目の前で頬杖をついて私と話している左右田君に右手の小指を差し出す。突然の行動に左右田君はどうしたんだよ、と少し驚いていた。

「私たちはさ、赤い糸で結ばれているんだよ」

そう言って、ニッと笑う。派手そうに見えて実は初でヘタレな左右田君は一気に顔を真っ赤にし、慌て出した。

「な、な、何言ってんだよ!!んな恥ずかしいこと言うな!!」
「左右田君、顔真っ赤だよ」
「はぁ!?ちげぇよ!!これはアレだ、アレ。夕焼けのせいだ!!夕焼け!!」

左右田君はいきなり夕焼けのせいにし始めたと思えば、今度は机に顔を伏せた。腕のせいで顔が全く見えない。けど、隠れていない耳は真っ赤のままだった。おーいと声をかけても反応はない。左右田君が見た目に反して中身が可愛いものだとは十分承知だったけど、ここまでとは思ってもいなかった。ホント、可愛らしいなぁ。…そういうところも含めて、全部好きなんだけどね。

「………なぁ…」

少しして左右田君は口を開いた。けど、顔は伏せたままだ。

「…さっきの…嘘じゃねぇよな?」
「嘘な訳ないよ。私、左右田君のこと、大好きだよ」

すると、彼は弱々しい声でこう言った。

「………オレも…」

思わず頬が緩んでしまう。彼の言葉に幸福を感じる。私たちの赤い糸は途切れることはない。この幸せは永遠に続くもの。………そう思っていた。けど、絶望は容赦なく襲い掛かってきた。夢だと信じたかった。けど、右腕を掠めた弾丸や血生臭いにおいが現実だと訴えた。

「止めてよ…左右田君…」

私の声は恐怖によって震えていた。うまく声が出ず、喉の奥から精一杯出した。それでも弱くて今にも消えてしまいそうな声だ。この声が目の前で私にマシンガンを向けている彼に聞こえているかなんて分からなかった。

今、私の目の前にあの時の彼はいない。絶望によって狂ってしまった彼は私に自身の手で作ったマシンガンを向けている。先程は物陰に身を隠し、弾丸が腕を掠めるだけで済んだ。けど、もう逃げ場がない。周りに助けてくれる人なんていない。皆、超高校級の絶望に追われ、必死に逃げ回っている。私の悲鳴は誰にも届かないのだ。

私が一歩ずつ後退りする度に左右田君も一歩ずつ足を踏み出す。縮まらない距離。だが、私の脚は止まった。背後には壁。いくら左右に逃げ道があるとしても、左右田君のマシンガンから逃げるなんて不可能だ。もう私に逃げ道はない。待っているのは死。それだけだった。

「ねぇ、左右田君…どうしたの…?今の左右田君は…私の知ってる左右田君じゃ、ないよ…」

自然と目から涙が溢れ出した。涙は頬を伝い、ボロボロと地面に跡を残した。そんな私とは正反対に左右田君は笑っていた。私が知っている左右田君の笑い方とは全然違う。

「ナマエ…オレは今でもお前のことが好きだ!!すっげぇ好きだ!!」
「左右田君…!!」

こんな絶望的な状況だと言うのに、左右田君に好きだと言われ、少し希望を見出してしまった。左右田君は完全に変わってしまったわけではない。今ならまだ、前の左右田君に戻ってくれるはず。………それがいけなかった。希望なんかを抱いてはいけなかったんだ。

「そんな女を自分の作ったメカで殺す。……ギャハハハハハ!!!!!!すっっっげぇ絶望だ!!!!!!ああ、ああああ!!!!想像するだけでゾクゾクしてくる!!!!ナマエ…早くオレに殺されて…オレを絶望させてくれよ!!!!」

(え………。)

声なんて出なかった。私は完全に絶望してしまった。希望なんてどこにもない。頭の中にあるのは真っ暗な絶望だけ。左右田君は私を殺すことで絶望を得ようとしている。そんなの、絶望でしかない。

「ハ…ハハッ………」

絶望絶望絶望絶望絶望。頭の中がそれで埋め尽くされた。そして、何故か私は笑っていた。笑うつもりなんて一切ない。それなのに、乾いた笑いが辺りに響く。ああ、これが絶望。左右田君が今、最も愛している…絶望なんだ。

銃口を向けられる。けど、脳は考えることを放棄し、脚は全く動こうとしなかった。ただ、弾丸が自分に打ち込まれるのを待つのみ。涙のせいで視界がぼやける。ああ、左右田君の顔が、よく見えないや。

「じゃあな、ナマエ」

微かに聞こえる彼の声。そして、派手な音と共に全身に痛みが走る。私の体はその衝撃で壁に打ち付けられ、血は宙を舞った。遠ざかっていく意識の中、思い出すのはあの時の彼との会話。

私たちは赤い糸で結ばれている。頑丈で誰にも解けやしないと思っていた。けど、それは結んでいた相手によって簡単に解かれてしまったのだ。…ああ、なんて…絶望的なんだ。そこで意識は途切れ、脳は完全に停止した。


20130814
title:icy