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これで何度目の壁外調査が終了しただろうか。そして、これまで…何人の仲間を巨人の胃に送り込んだだろうか。

解散した後、与えられた自室に戻るなりすぐ、ベッドに倒れ込んだ。その勢いでベッドがギシギシと音を立てる。汗と血の混ざり合った臭いが鼻をつく。風呂に入り、洗濯をすれば、明日には汗の臭いは消えている。けど、この鉄の臭いだけは何度洗っても染みついたままだった。

ウォール・マリアが突破されてから五年。現状は最悪だ。先ほども壁外調査を行ったと思えば、ウォール・ローゼが破壊されたため、急遽ウォール・ローゼに帰還した。その間にも何人もの兵士が死んだ。明日卒業するはずだった訓練兵も大勢死んだ。そして、今度は訓練兵に巨人になれるものがおり、今、エルヴィンたちがその者との面会を求めているところだ。

人類からしてみれば、大きな変化があったのかもしれない。けど、私にとっては何の変化でもなかった。巨人になれる訓練兵…確か、エレン・イェーガーだったか。エレン・イェーガーが調査兵団に入ったとしても、私たちが行うことに変わりはない。また、巨人と戦う日々の繰り返し。何も変わりはしない。ああ、疲れた。少し仮眠を取ろう。そう思い、目を閉じ、無心となった。一時でも早く、眠りにつくために。


***


「分隊長!!…アルマ分隊長!!」

私を呼ぶ声がした。そっと目を開けると、部下であるレーナの顔が映った。彼女の綺麗な金色の髪が視界の端で揺れる。体を起こし、何かあったのかと彼女に問う。

「ただ、分隊長に会いに来ただけです」

可愛らしい笑顔でレーナはそう言うと、ベッドの端に腰を下ろした。彼女の存在は私にとって、なくてはならないものと言ってもいいだろう。レーナの笑顔はこの薄汚れてしまった私の心を浄化してくれるようだった。今回の壁外調査でも彼女が死ぬことが無くて良かったと心からそう思う。

「すみません。眠っていたところを起こしてしまって」
「いや、大丈夫だ。レーナこそ、休息を取らなくていいの?もう少ししたら死体処理のはずだ…。少しでも体を休めておいた方がいい」
「色々考えてたら、じっとしてられなくて…。分隊長、あまり考え込むのはよくないですよ」

レーナとはそう短くない関係だ。だからなのか、彼女はいつも私が考えていることをことごとく当ててくる。単に私が分かりやすい性格をしているだけなのかもしれないが…。

どちらにせよ、レーナの言うとおりだ。あまり考え込むのはよくない。仮にも隊を束ねる身だ。分隊長である私がこんなことを考えていては、部下に示しがつかない。私は"強くなければならない"。

「…そうだな」
「分隊長。恋をしてみてはどうですか?」
「………え?」

思ってもみたかった言葉にぽかんとしてしまう。レーナは何を言っているんだ。恋だなんて、この世界では非常識なようなものだ。食料はギリギリのところをついているため、子供を産むことなんて許されない。ましてや、私たち兵士は人類に心臓を捧げている身だ。誰かに恋をしたとしても、相手はいつ死ぬか分からない。それに、私自身こそ、いつ死ぬか分からない。そんな中で恋など…。

「何故だ…?」
「家族や仲間以外にも守りたい人が増えるなんて、素敵なことだと思います。…まぁ、私も恋はしていないんですけど…このことを教えてくれた子はその人のために全てを捧げるんだって、凄く張り切ってました。だから、分隊長も…。そうしたら、今までと違う世界が見えくると思うんです」

レーナの言葉に少し心が動かされた。そうか、そういう考え方もあるのか。けど、恋などしたことがない私に、そんな気持ちが現れるだろうか。そんな風に…まっすぐ、誰かを好きでいられるだろうか。

「そんな恋…出来たらいいな」


( ただ、私はこの残酷な世界の中で"幸福"という名の変化が欲しかったんだ )