07


―ジャン・キルシュタイン―


アルマ分隊長の元へ配属された日の夜。寄宿舎の前には待ち人がいた。その人物は俺の姿を見ると、小さく手を振ってきた。一緒にいたライナーたちは誰だ?と言っていたが、俺はその人物を知っている。確か、レーナさん…だったか。アルマ分隊長の部下で今日、俺をアルマ分隊長の元へと案内した人物だ。

「ジャン、ちょっと時間もらえる?」
「はい…。どうかしましたか?」
「アルマ分隊長のことでちょっとね。私についてきて」

レーナさんはまだあまり話したことがないが、この人が口を開くと必ずアルマ分隊長の名前を聞いている気がする。それほどあの人を尊敬しているのか。俺自身、アルマ分隊長のことをよく知らないが、他の奴等の話を聞いたところ、リヴァイ兵長には劣るがそれなりに有名な人らしい。実戦では何度も兵士の命を救っており、かなりの実力を持つ人物だ。だが、巨人に食われた仲間には一切目も止めず巨人を殲滅し続ける。その姿にイカれ者と思っている兵士たちも少なからずいるようだ。

どこまでが本当の話から分からない。俺がアルマ分隊長と話したのは今日の一度きり。それだけであの人の素性を理解出来るわけがない。それに今日の話もおかしいところだらけだったじゃねぇか。いくらアルマ分隊長が分隊長の地位についているとは言え、新兵を自分の気分で部下にするとは思えねぇ。本当の理由があるはずだ。…なに考えてんだ、あの人は。けど、今日、話をしていて分かったことがある。あの人は俺のことをちゃんと理解しようとしていた。だから、あの人の視線は一度も俺から外れることはなかった。

ライナーたちにちょっと行ってくるとだけ言い、レーナさんの跡をついていった。着いた先は寄宿舎から少し離れた馬小屋の前だった。

「ジャン、疲れてるのに、ごめんね」
「いえ…。それで、何かあったんですか?」
「急だけどさ、明日の朝、アルマ分隊長を起こしに行ってよ」
「………え?」

一瞬、聞き間違いでもしたのかと思った。けど、違う。確かにレーナさんは明日の朝、アルマ分隊長を起こしに行くようにと言った。何だそれ、新兵だからいいように使ってやろうってやつか?って、新兵が分隊長を起こしに行くってどんな状況だよ。

「ビックリしたと思うけど、これはアルマ班では恒例のことなの。お願い」

レーナさんはじっと俺の目を見つめてくる。なんだか恥ずかしくなって目を逸らしてしまう。どう見ても、俺が押されてる状況だ。まぁ、先輩の頼みを断るつもりは一切なかった。ただ、少しその内容に驚いただけだ。それに恒例ってことはアルマ分隊長を起こしに行くことに何か意味があるんだろう。それがなんなのかは分かんねぇけど、アルマ分隊長のことを分かる一歩に繋がるかもしれない。あの人は俺のことを理解しようとしていた。だから、俺もそれに応えようと思う。

「分かりました。起こすだけでいいんですよね?」
「うん。…なんだかね、君なら、大丈夫な気がするの」

突然、レーナさんが言った言葉に、え?と聞き返した。俺なら大丈夫?どういうことだよ。聞き返すと、レーナさんはすぐに口を開いた。

「ううん、何でも無い。こっちの話だよ」

その表情はまるで何かに安堵しているようだった。