05


―アニ・レオンハート―


「それでも、アニは優しいよ」


たった一言。あの一言が頭から離れない。どんなに振り払おうとしても、しつこく私に付きまとってくる。私が優しい?…そんなわけがない。クラウスは私のことを誤解している。私はそんな人間じゃない。私は―………

「アニ」

聞きなれた低い声が耳に響く。顔を上げれば、見慣れた顔が視界に入る。けど、その表情は滅多に見られないものだった。いつもの優しそうな表情とは違う。怒っているのか呆れているのか、どちらだろうか。…ああ、これは、絶望している顔だ。

「何だい、ベルトルト。二人で話すのは避けているんだ。アンタから来てどうするんだ」

冷たい言葉を放っても、ベルトルトの表情は変わらなかった。

おかしい。いつもは私がベルトルトとライナーと同郷であることを気付かれないためにお互い距離を取っていた。三人で話すのはまだしも、二人きりで話すことは避けてきていた。けど、それをあのベルトルトが自分から歩み寄ってきた。それにこの顔だ。何が言いたいっていうんだ。

「アニ。最近、どうしたの?」
「…何が?」

そんなことを言ったが、ベルトルトが何を思っているのか察しがついた。そして、再び思い出されるあの言葉。何かよく分からない感情に押し潰されそうになる。

「前からだけど、最近は今まで以上にクラウスと一緒にいるよね。この前もだ。クラウスに優しいって言われて逃げたよね」

クラウスの名前を聞いた瞬間、心臓がドクンと脈打った。

ベルトルトの言う通りだよ。最近の私はおかしい。ある日からクラウスは私に付きまとってくるようになった。最初はただうっとおしかった。"人類"とは関わりを持たないつもりでいた私にとってクラウスの存在は邪魔でしかなかった。けど、いつからか。その存在を拒否する気持ちが薄れていた。格闘術を教えてほしいと言われた時も悪い気がしなかった。昔の私だったら、考えられないことなのに。

「クラウスがうっとおしい気持ちに変わりはないよ。この前のも逃げただけ。私は、アンタの相棒と違って当初の目的を忘れてたりしないね」
「…っ…」

ベルトルトの相棒―ライナーの話を振った瞬間、ベルトルトの顔が強張った。ベルトルトは可哀想な奴だ。少しずつ相棒が壊れていくのをじっと、横で見ているんだ。それなのに私までも壊れたらベルトルトは一人になってしまう。私はそんなことをしないよ。ベルトルトを一人にしない。ライナーもきっと元に戻る。三人で、一緒に故郷に帰るんだよ。

「ライナーはともかく、私は大丈夫だよ。心配かけて、悪かったね」
「…ううん。僕こそ、ごめん。疑うようなこと、言っちゃって…」

私は狂ってなんかいない。戦士であることを忘れてもいない。大して強くないクラウスなら、その気になればいつでも殺すことが出来る。今は機会がないだけ。

それなのに、

「アニ!!今日もさ、一緒に組んでくれよ!!」

少しずつ私の領域を侵食する彼に、ただ恐怖していた。