02


「うわぁっ!!!!」

宙を舞う体。雲一つなく太陽が眩しい空。そして、地面に打ち付けられる背中。

今は対人格闘術の時間だ。いつもはアルミンやマルコやらと訓練に励んでいたけど、今日は違った。今日の朝、アニに名前を覚えられていなかった俺を笑ったライナーを打ちのめす………はずだった。俺の体はライナーによって宙を舞い、体中を痛みが襲った。

ライナーを負かしてやるって意気込んだのにこれだ。こんなところ、アニに見られたら冷たい目をされるに決まっている。アニに見られる前に起きるんだ。………けど、太陽の光を浴びて丁度いい温度になっている地面を恋しく感じていた。温かい、気持ちいい、このまま眠りたい。そんな気持ちが湧きあがるが、俺の前に現れた影によって、現実に引き戻される。

「クラウス、大丈夫か?」
「…ああ、大丈夫だよ」

いつまで経っても起き上がらない俺を不思議に思ったのか、ライナーは俺に手を差し伸べてきた。本当はお前の力を借りなくても平気だなんて言いたいけど、さっきまで地面を恋しく思っていた奴の言えるセリフじゃない。素直にその手を取り、立ち上がった。

「んー…俺の予定ではライナーをぼこぼこにするつもりだったんだけどなぁ…」
「俺に勝てんようじゃあ、アニには到底敵わないだろうな」

え、アニ?まさか、ここでアニの名前が出るなんて思ってもいなかった。ライナーが嘘をついていない限り、アニは格闘術が得意で、自分の倍ぐらいあるライナーよりも実力が上ってことになる。うわ、今の今まで知らなかった。対人格闘の時は男と女の力の差は歴然だから、アニと組むのは悪いなって思って遠ざけていた。それなのにだ。アニは俺よりも実力が上だと。マジかよ…。

「え、アニって本当に強いのかよ…」
「ああ。俺もエレンも放り投げられた。そうだ。今から相手してもらったらどうだ?どうせ今日も………ほら。教官にバレないようにサボってやがる」

ライナーはある方向に視線を変えた。その先にはアニがいた。誰ともペアを組まず、教官の目に触れられないよう訓練している奴等に紛れていた。立体起動の訓練に比べたら、対人格闘術は点がくらべものにならないくらい低い。だから、憲兵団を志願する奴らは適当に流している。アニは…憲兵団を志願しているのか…?

今朝はアニに名前を覚えられていないことに落ち込んだけど、アニのことを知らないのは俺も一緒だ。訓練が始まってから一年以上経った。で、アニと出会ってからは半年経ったか経ってないかぐらい。それなのに、アニのことを何も知らない。…知らないのはお互い様だ。………なら、もっとアニに歩み寄っていくしか答えは出ないってことだ!!

「俺、アニのところに行ってくるよ!!」
「あっ、待てよ!!」

一人で走り出した俺をライナーが追いかけてきた。俺の方が先にアニの元へ辿り着き、アニの行く道を遮った。そして、ライナーがアニの後ろに立ち、男二人してアニを挟む形になった。

「………何?」
「ア、アニ!!俺と勝負だ!!」

そう言い、戦闘態勢に入る。アニは溜息をつくも、スッと腕を顔の近くに構えた。いつでもかかっていいみたいだ。足を踏み込み、「行くぞ!!」と声を上げると同時に地面を蹴った。

アニは強いとさっき聞いたばかりだから、手加減なんてしていなかった。それなのにだ。アニに突っ込んでいった途端、アニの脚が俺の脛に直撃した。あまりの痛さにバランスを崩したところを狙われ、今度は首元と手首を掴まれた。身動きが取れず、腕を引っ張られたと思えば、足を蹴り上げられ、俺の体は宙を舞った。

「……………え、」

再び地面に打ち付けられる背中。またこの地面のお世話になってしまった。あまりに一瞬のことでぽかんとしているところを視界にアニが映った。アニは俺の近くにしゃがみ込み、眩しかった太陽を遮った。

「私に名前を覚えてもらいたいのなら、もう少し歯ごたえある奴になるんだね」

アニはそれだけを言って立ち上がり、再び教官にバレないように訓練生の中に紛れ込んだ。

「俺の言った通りだろ?」
「…あ、ああ…」

自分の弱さを改めて痛感した瞬間だった。