09


時間はあっという間に過ぎて行った。いつの間にか日は暮れ、もう少しで兵舎に帰らなくちゃならない。楽しかった時間に終わりが見え、少し寂しく感じた。何度も見たことがある街のはずなのに、一緒にいる人が違うだけでこんなに楽しいと感じるなんて思わなかった。俺は楽しかったけど、アニはどうだったんだろう。ちょっと振り回しちゃった気がする。

「ア、アニ…。今日は振り回しちゃってごめんな」
「別に私は怒ってないよ。…むしろ、楽しかったよ…」

アニは楽しんでくれたか。そんな心配する必要なかった。小さい声だったけど、俺の耳にはしっかり届いた。素直に嬉しかった。今ならサシャに夕飯を全部あげられるぐらい嬉しい。なんだか鼓動が早い気がする。嬉しくて気が動転しそうなのかな。

そろそろ時間だし帰ろうか。そんな話を振り出そうとした時だった。おい!!と、よく知っている声が聞こえた。

「クラウス!!」

声がした方を振り向くと、中年の男がこちらに向かって歩いてきていた。男は、兵士全員に配られるジャケットを羽織っており、胸や肩についているワッペンには薔薇の刺繍が入っていた。俺に笑顔を向けるその男の口元には少し髭が生えており、髭を剃り忘れていることを物語っていた。

「えっ、と、父さん…!!」

久しぶりに見た父さんの姿に目を丸くした。前に会ったのは何か月前だったか。覚えていないくらい前だ。けど、記憶に残っている父さんの姿から何も変わっていなくて少しほっとした。

「父さん?」
「あ、そうだよ。俺の父さん、駐屯兵団に所属してるんだ」
「そうかい…。その様子じゃあ、久しぶりに会うんだろ?だったら、私は先に宿舎に戻ってるよ。ゆっくり話すんだね」
「え!?ア、アニ!?」

俺が言い返す暇を与えず、アニは足を訓練所の方へ向けて歩いていってしまった。

確信はないけど、アニの様子がおかしいように感じた。いつも以上になに考えているのか分からないというか…。さっきも俺の返事なしで勝手に話を勧めた。いつもはそんなことしないのにな。

何か悪いことでもしたのかと、少し落ち込んだ俺の顔を父さんは覗き込んできた。

「何だ?フラれたのか?」
「ち、違う!!アニは友達だよ」
「そうか。お前も訓練兵になって、頑張ってるんだな。…久しぶりに、ちょっと話すか」

***

俺は父さんに連れられ、アニと別れた場所から少し離れた所にあるベンチに座った。父さんと会うのが久しぶりなのか、なんだか緊張してしまう。

「もう少しで卒業だな。…所属兵科は決めたのか?」

父さんが所属兵科を聞いてくるのは大体想像がついていた。けど、その言葉を聞いて、改めて卒業が近づいてるのを実感した。もう少ししたら皆、別々の道を歩むことになる。アニは憲兵団を目指してるってエレンたちから聞いた。…俺とアニの進む道は違う。

「俺は…調査兵団に入るよ」

そう言うと、父さんは溜息を吐き、小さい声でやっぱりな、と言った。調査兵団に入るなんて自殺行為だ。そんなの、今までの壁外調査の結果を見れば一目瞭然だ。だから、親が反対したい気持ちも分かる。我が子を死ぬような場所に向かわせようとする親なんてそういない。父さんだって、前からあまり気は進まないような顔をしていた。けど、俺は五年前の…母さんが巨人に喰われた時から、そう決めていたんだ。調査兵団に入って、復讐する。母さんを殺し、あの平和な日常を奪った巨人に…復讐するんだ。

「父さん、ごめん…」
「…いや、いいんだ。お前は昔から、一度決めたことはやり通す奴だったしな。だから、俺は止めない」

反対されるとばかり思っていた。覚悟もしていた分、父さんの言葉には驚いた。

「けど、絶対………死ぬんじゃねぇぞ」
「…うん。俺、頑張るよ」