私は女性死神協会に属していないし、だからこそ今回副隊長からお誘いを頂いた時は断る気で居た。しかし恋人の彼も同行する、という情報だけで私の気持ちはだいぶ揺らいでしまった。

「慰安旅行ですか…?」
「そう!しかも海よ海!あんた行きたいでしょ!?」
「いやまあ興味が無い訳では無いですけど、私は女性死神協会には所属してないですし」
「良いのよそんなコト気にしなくて!」

執務室へ赴いた私にいつも以上に元気な副隊長の口から発せられたのは現世への慰安旅行の誘いだった。女性死神協会にて日頃の激務による労をねぎらう為に現世の海へ協会の方々総出で赴くらしく、それに私を誘ってくれる副隊長の言葉は有り難かった。しかし気にしない訳には行かず、楽しそうだけれどとても行く気にはなれなかった。

やめておきます、とやんわり断ると悪戯な笑みを浮かべる副隊長に不信感が募った。何か良からぬ事を考えていそうなのは目に見えていた。

「一角も来るのに〜?」
「え、何で一角さんが来るんですか?」
「女性だけじゃ危ないでしょ。だから恋次とか男性陣も呼んだのよ」

危ないでしょ、なんて女性死神協会に属している面々は自分の身は自分で十分守れる方々ばかりだろうに。しかし一角さんの名前を聞いただけで行かない、と決めた意思は簡単に崩れ去りそうになっていた。それでも協会に関わりの無い自分は身を弁えるべきだと己に言い聞かせた。

「私は遠慮しておきます」
「現世の海に一角と行けるなんて、もう無いかもしれないのにねえ。残念だわあ」
「仕方無いですね」
「一角って身体"だけ"は鍛えてるから水着姿になったら現世の女は放って置かないでしょうねえ」
「え、」

この先一角さんと現世の海に行ける可能性は僅かながらにあると思った。だから副隊長の煽るような言葉も辛うじて聞き流せたのだ。しかしその次の言葉にまんまと反応し、彼の水着姿までを想像してしまった私は何と愚かなのか。
一文字だけ発した口を手で押さえると副隊長は当たり前に楽しそうな顔をし始めた。

「でも名前は行かないんだものねえ。一角を現世の女に取られても仕方無いわよねえ」

ただの挑発だと分かっているのに副隊長の言葉に唇を軽く噛み締めてしまった。一角さんが現世の女性に言い寄られた所でそう簡単にその誘いに乗るとは思えないし、彼を心から信じているけれど全く心配していないと言ったら嘘になる。

「…でも、私、水着なんて持ってないですし」
「大丈夫よ、もう買っておいてあげたから」
「はっ!?ど、どうして、」
「あんたに自分の水着選ばせたら日が暮れちゃいそうだから」
「だからってもう買ったんですか!?最初から私に拒否権無いじゃないですか!」
「うるさいわねえ。もう行く気になってる癖に」

副隊長の言葉に否定の意を示せなかった。私の気持ちはそれはそれは大きく揺らいでいて、彼女の言う通りもう殆ど行く気になってしまっていた。あの人が関わってくると私の意思というのはこんなにも簡単に崩れてしまうのか、と自分でも呆れてしまう。そして二人きりでは無いにしろ、一角さんと現世の海に行けるという事に胸は弾んでいた。





やはり現世の人間とは生きてる世界が違うのだと改めて思い知らされた。こんな下着としての役割しか全うしていない水着を纏って堂々としていられるのは何故なのか。

副隊長が私に用意してくれたのは真っ黒なビキニなる水着だった。渡された瞬間固まる私に、これで一角もイチコロよ!と言う彼女の心情はどうやっても理解出来なかった。
女性死神協会に属している方々の水着は華やかな物や可愛らしい物で、とても色鮮やかなのに何故私はいつも纏っている死覇装と同じ色の物を身に付けているのか。
砂浜で楽しそうに話している協会の方々を羨望の眼差しで見つめた。

「どうしたの名前、ボーッとしちゃって。あら!やっぱり似合ってるわねソレ」
「…副隊長の水着は華やかですね」
「まだそんな事言ってるの?折角セクシーな水着選んであげたのに」
「セクシーって…これこんな紐で支えてますけど外れたりしないですか?」
「アハハ!何言ってんのよもう!」

全然笑い事では無いのですが、とは口にせず不信感丸出しの視線を送っても副隊長には届かなかった。そんな彼女の胸は今にも零れ落ちそうでこちらが気が気じゃ無い。いやもうこれは零れているのとそう変わらない。加えて副隊長の豊満な胸と引っ込んでいる所は引っ込んでいる素晴らしい体型の横に立っているといたたまれなくなる気がした。

「あー!やっと来た!」

副隊長の声に振り返ると、彼女の視線の先に居た男性陣に少し驚いてしまった。阿散井君と一角さんの名前は聞いていたが、一緒に歩いて来る朽木隊長、そして橙色の髪の少年が居るとは思ってもみなかったから。
副隊長の影に隠れるように身を潜めたにも関わらず、彼女と言葉を交わすその少年とばっちり目が合ってしまった。

「あ、どうも。初めまして」
「は、初めまして」

実は初めましてじゃないのだけれど、この子が私の事など覚えている筈も無く。律儀に挨拶をくれる彼にやっぱりあの人の面影を感じてしまった。

「一護、この子うちの三席の名前。可愛いでしょ」
「あ、はい。俺は黒崎一護って言います」
「名字名前です。よろしくお願いし、」
「おい松本!テメェこいつになんてモン着させてんだ!」

副隊長が一護君に私を紹介してくれている間、私は尚も彼から目が離せなかった。こうして言葉を交わすのは初めてなのに何故か懐かしいと思ってしまう理由は自分でも分かっていた。
改めて自己紹介してくれる一護君に頭を下げながら返事する私の言葉は、一角さんの大きな声によって遮られてしまった。

「は?何よ?」
「"何よ"じゃねえだろ!何だこの布切れは!?」
「そう言うあんたは何で褌なのよ。そっちの方が布切れじゃないの」

確かに副隊長に食い掛かる斑目さんの身に付けているのは褌のみで、現世の海にはあまり似つかわしく無い。水着姿を想像していたけれど、褌姿の一角さんをこんな明るみに出た所で目にすると思わず勝手に一人で恥ずかしさを感じた。それと同時に私の格好を見た反応からして、やはりあまり好印象じゃない事が伺えた。

「おい一角、なんでこの人の水着にそんなケチ付けんだよ」
「そりゃあケチ付けたくもなるわよねえ。名前がこんな格好してたら」
「は?何でだ?」

疑問を投げ掛ける一護君に、今まで私達のやり取りを黙って見ていた阿散井君が口を開いた。

「一護、名字先輩は一角さんの彼女だ」

改めてそう言われると気恥ずかしさから顔が熱くなるのが分かった。押し黙る私と楽しそうな顔をする副隊長と阿散井君、険しい表情の一角さん、そして目を丸くする一護君の間に訪れた静寂の後、言葉を発したのは勿論橙色の髪の彼だった。

「は?何言ってんだよ恋次。こんなまともそうな人が一角の彼女な訳無えだろ」
「言いてえ事は分かるが事実だ」
「いや絶対ェ嘘だ」
「一護テメェ…!何か文句あんのか!?あァ!?」
「マジなのかよ!?お前のツキとやらはこの人を彼女に出来た事に全振りしてんじゃねえのか?」

何だと!と青筋を立てる一角さんと尚も驚きを隠せていない一護君のやり取りを呆けて見ていると、私の耳元へ顔を寄せる副隊長は少し不服そうだった。

「ねえ、あんた彼氏がこんな褌一丁で海来てて何も言う事無いの?」
「別に無いですけど…ああ、ちょっと肌の露出が多いですかね?」
「馬鹿ね、そうじゃないわよ。折角現世の海に来てるんだから現世の水着を着て欲しかった!とか思わないの?褌よ褌。一角の格好良い水着姿が見たかったんでしょ?あんた」

確かに私が想像していたのは一護君や阿散井君のように現世の履物のような水着を着た一角さんだけれど、目の前に居るのは愛おしい恋人に変わり無く。副隊長の言いたい事も分かるけれど私が思っている事は一つだけだった。

「一角さんは、どんな格好してても格好良いですから」

言ってしまった後に恥ずかしさが込み上げるも、それは本心だった。静まる空気に俯き加減だった顔を上げると、呆れた顔の副隊長と驚いた顔の男性陣の視線が痛い程に突き刺さった。

「あー…なるほど。この人ちょっと変わってんだな」
「違うのよ。この子一角の事になると思考が正常じゃ無くなっちゃうの」
「ちょっと、どういう意味ですか!」
「へー、凄え物好きも居たもんだなー」
「えっ、一護君までそんな事言うの!?」

焦る私に眉間に皺を寄せながらも笑う一護君はやっぱり何処かあの人を感じさせた。その顔からなかなか目が離せなくて、何十年も前の懐かしい感覚に陥る。

「あらら〜?そんなに一護に見惚れちゃってどうしたのかしら〜?」
「見惚れてなんか…!」
「でも結構イケメンでしょ?」
「そ、そうですね」

副隊長の茶化すような言葉に少し戸惑いながらも一護君の顔を見ていると、何だ?と言う彼に慌てて何でも無い、とそこでやっと視線を外した。
そんな私と彼の間に壁を作るように割って入って来た人影に少し驚いて顔を上げると、筋肉に覆われた背中をこちらへ向けて立つ一角さんは尚も不機嫌そうな顔を一護君へと向けていた。

「おい一護…ジロジロ見てんじゃねえよ」
「いや見てねえよ。つーか一角、お前って結構嫉妬深えんだな」
「何処がだボケ」

"嫉妬"という言葉に反応してしまい、自惚れてはいけないと分かっているのに少しだけ嬉しくなってしまった。一角さんがやきもちを妬いてくれるなど確信は無いけれど、こんな事で喜んでしまう自分は副隊長の言う通り、この人の事になると思考が正常じゃ無くなるのかも知れない。





「あれ?隊長ここで何してるんですか?」

隊長も同行する面子に入っていた事を思い出したのは、御手洗に行った帰りだった。何故か涼しい空気を感じて引き寄せられるように歩いた先には氷の山が所々にあり、その中に座る彼の姿を目にした瞬間、そう言えば隊長も来るって言ってたな、とそこで漸く思い出した。

「俺は暑いの苦手なんだよ」
「そうでしたね」

私も暑いのはあまり好きじゃ無く、ここを離れたくないと思ってしまう。この人はきっと来たくて来た訳じゃ無いだろうに、不安だから付いてきてくれたのだ。

「少し涼んでも良いですか?」
「ああ、好きなだけ居ろ」

ありがとうございます、と言い隊長の横に腰掛けながら、彼の優しさに酷く安堵した。前任の彼とは違う優しさが居心地良くて、私はこの優しさに何度も救われたのだ。

呆れたような顔で他の面子を眺める隊長につられて人集りに目を向けると、やっぱり視線を奪われたのは阿散井君と話す一護君だった。副隊長の言う通り格好良いとは思うけど胸が高鳴る訳でも無く、それでもこうして目が行ってしまう理由は痛い程自覚していた。

ふと視線を逸らした先にあったのは最愛の恋人の姿で、彼はじっと私の方を見据えていた。その瞳が何故か少し怖くて、逃れるように再び隊長を見やると、どうした、とまた声を掛けてくれる彼に、いいえ、と返事をしながらその優しさに再び安堵した。





浮竹隊長から海浜芸術會を開催する旨が伝えられると、やる気が無かった面々は"総隊長からの金一封"の言葉に目を輝かせて一斉に作品を創り始めた。一緒にやりましょう、と誘ってくれる副隊長と織姫ちゃんに遠慮してその様子を見つめながら、現世の太陽の照りつけの強さに少し目眩がした気がした。
女性死神協会が用意してくれた茣蓙のようなレジャーシートと言う敷物に腰掛けると、何故か砂のお城に頭を突っ込む一角さんと彼の股間に何かを入れようとしている草鹿副隊長の姿をぼんやりと眺めた。

結構暑さに弱いんだな、と自分の弱点に気が付きながらも副隊長が念の為と用意してくれたTシャツに腕を通し、やっと肌の露出を抑えられた事にふう、と息を吐くと近付く影に顔を上げた。

「大丈夫か?」

こちらを見下ろしている一護君は今さっきまで一角さんと居た筈なのに、いつの間にこちらに来たのか。その気配にすら気付かなかった。
ありがとう大丈夫、と返すも納得していない様子の彼は私の隣へ腰掛け、飲み物を手渡してくれた。お礼を言いながら有り難くそれを受け取り、その横顔を横目で盗み見た。
やっぱりあの人に似ているとは口にせずとも、その優しさも彼を感じさせた。
不意にこちらへ向けられた視線にハッとするも遅く、不思議そうに見て来る一護君に咄嗟に出た言葉に自分でも少し驚いた。

「ごめん、一護君、ちょっと昔の知り合いに似てるから」

他にも言い訳など幾らでもあっただろうに、馬鹿正直に言ってしまった事に少しだけ後悔した。それは私が少なからずあの人を確実に頭に思い浮かべてしまった証だった。

「いや、別に謝る事じゃ無えよ」
「…うん、そうだね」

この懐かしい感覚は正直に言うと心地が良い。あの人もこうして弱っている私に真っ先に気付いてくれて、真っ先に声を掛けてくれた。あの時に戻りたい、などと考える自分は居なかったけれど、あの人と関わった事で私がここまで成長出来たのは紛れも無い事実だ。

「一角の何処が良いんだ?」

ふと投げ掛けられた質問に驚き、え、と気の抜けた声を出してしまった。頭に浮かべていた人物と入れ替わるように一角さんの顔が脳内いっぱいに広がった。何処が、と聞かれても一つには絞れなかった。

「んー、何処だろう。一角さんの良い所は沢山あるから」
「あいつって戦う事しか考えて無えだろ?」
「そうかもしれないけど、そこも一角さんの良い所だよ」

俺には分かんねえや、と言う一護君に苦笑しながら貰った飲み物を口に含んだ。私も彼と同様に以前は戦う事を好む一角さんが理解し難くて、それでも生き生きとした姿に惚れたのは間違い無い。
沢山ある彼の良い所を考え、その事にすら少なからず幸せを感じる私はやっぱりおかしいのかもしれない。

「そう言えば一護君も名前に"一"って付くよね。名前に"一"が付く人は皆良い人だね」

そう口にしてまた日番谷隊長の前任の彼の顔を思い浮かべてしまった。あの人の名前にも"一"の字が付く事に気が付いたから。言葉にしてしまった事実は変えられないけれど、あの人の名前を口にしなければ良いだけの話。あの人の存在は私の胸の奥底に眠らせて置けば大丈夫だと自分に言い聞かせた。

「そうか?俺の知ってる限りじゃ一の字のつく奴はおかしな奴ばっかだぜ」
「そうなの?」
「俺の親父も一って字つくけどまともじゃねえし」

へえ、と言いながら、こんなにも"一"の字を名前に持つ人が居ることに驚いた。まともじゃないとはどういう意味なのだろう、と考え、そこで続けざまに問い掛けてしまった。

「何て名前?」
「一心だ」

一護君の口から確実に発せられた音は間違い無くあの人と同じ名前の響きだった。自分でも分かる程に目を見開き、鼓動は早くなる一方だった。偶々同音の名前の持ち主なのだからこれ以上深堀りするな、と自分に言い聞かせたのに何故か私は更に問いかけてしまった。

「どういう字書くの?」
「一に"こころ"だ」
「こころ…?」

何故こんな事を聞いてしまったのか。聞いて何になる、と自分を叱咤した。
律儀に指で砂に"一心"と書く一護君に確実に動揺してしまった。しかし死神だったあの人が人間の親になる筈が無い。名字も違うし本当に偶然が重なりに重なっただけ。
それでも砂に記された名前から目が離せなかった。

「おい一護、テメェ人の女にちょっかい出してんじゃねえぞ」

突然降ってきた声に、またしても私は近付いてきた存在に気が付かなかった。見上げると恋仲の彼が立っていて、咄嗟に手で砂に書かれた文字を消した。

「ちょっかいなんか出してねえよ。話してただけだ」
「同じだろ」
「分ァったよ。ったく、お前そんな妬いてばっかで愛想尽かされても知らねえぞ」
「いいからさっさと行け」

はいはい邪魔者は退散するって、と立ち上がる一護君に改めてお礼を言うと手を挙げて去っていく背中を見た後、私を見下ろす一角さんへ視線を移した。

「一護と何話してた」

一角さんがそう問い掛ける理由が分からなかった。単純に聞きたいだけなのか、内容を何となく察しているのか。彼の瞳にはやっぱり少しだけ怒りの感情が込められている気がした。

「ちょっと暑さにやられてしまったので、心配して来てくれたんです」

一角さんが聞きたいのはこんな事じゃ無いと分かっていた。誤魔化すように出た言葉は彼の不信感を募らせるだけだった。
立ち上がって逃げるように歩き出す私の腕を掴む手に振り返ると、当然険しい顔をした一角さんの目に射抜かれた。

「一角さん、離してください」
「何話してたかって聞いてんだろうが」

やっぱり先の言葉は一角さんの質問の答えになっていなかった。全然納得していない彼の手の力は絶対に振り解けなくて、その瞳からも逃げられなかった。

「私まだ海に入って無いんです。入って来て良いですか?」
「誤魔化してんじゃねえよ」

今の状況から逃げたくて堪らない。一角さんの様子からして砂に書かれた文字を見られたのだろうと予想した。一護君の口から出た人物があの人と一致するとは限らないのに、こんなにも罪悪感を感じてしまうのはあの人の顔を思い浮かべてしまったから。

「一護君のお父さんの名前にも"一"の字がが付くみたいで。その話です」

それは紛れも無く本当の事だった。なのに一角さんから向けられる視線が怖かった。しかし私はこの人との"あの人の名前を口にしない"という約束はちゃんと守れている。
少し緩んだ手から逃れるように腕を抜き去ると、波打ち際まで少し早足で歩いた。
火照った足に冷たい海水が流れて来て、その様子を見つめると肩を掴まれて振り返った先には変わらぬ表情の一角さんが居た。自分の方へ私の身体を向けさせる彼の大きな手が両肩に置かれ、恐る恐るその顔を見上げた。

「名前」
「何ですか?」
「お前は今、誰の事を考えてやがる」
「もう、何度も言わせないでください。一角さんの事ですよ」

そんな事わざわざ聞かなくても良いのに。私がどれだけ一角さんを想っているのか、貴方は知らないんだ。
幾ら一護君があの人に似ていようと、あの人がまだ存在しているかも知れない可能性を感じようと、あの人に焦がれる感情など私の中には微塵も無かった。
正直に答えても一角さんの表情はあまり変わらず。海を見る振りをして彼から視線を逸らすと太陽の光に反射する水面が眩しくて目を細めた。

「おい」
「はい?」
「もう一度、ちゃんと俺の目を見て言え」

低い声で言われた事に海から再度視線を移して一角さんを見上げ、肩に置かれた手に自身の手を重ねると、その瞳を真っ直ぐ見返した。

「私は、一角さんの事ばっかり考えています」

私はまた彼を不安にさせてしまった。それを再認識して、この人が安心するなら何度だってその名前を呼びたいと思った。私が今まで出会ってきた"一"が付く男性は魅力的な人ばかりだけれど、貴方以上に好きになれる人など居ないのだから。

「一角さんは、私の事考えてくれていますか?」

これはきっと開放的なこの海が私を少し積極的にさせているのだ、と恥ずかしさを紛らわせるようにそう思い込む事にした。それでも彼からの返答に期待してしまうのは少し欲張りだろうか。
一角さんの瞳に映る自分はもう目の前の彼しか見れていなかった。

「当たり前ェだろ。他の野郎と話してるトコ見るだけで腹ワタ煮えくり返りそうなんだからよ」

それは嫉妬してる意を確実に示していた。一角さんは怒った顔をしているのに私は嬉しくなってしまい、ふふ、と笑う私に何笑ってんだ、と言う彼の手を強く握った。

「お前、一護に惚れたとか言わねえだろうな」
「何言ってるんですか!?本気で言ってますそれ!?今私が言った事もう忘れたんですか!?」
「お前があいつの事ばっか見てっからだろ」
「見てないです!」

いや見てる、と言う一角さんに更に反論しようとするも、彼の言う通り先までの私は一護君へ視線を送り過ぎて居たかもしれない。でもそれは惚れたからという理由などでは決して無くて、懐かしさを感じたが故。少し執拗い一角さんはやっぱり嫉妬してくれているんだ、と嬉しくなってしまう自分はだいぶ浮かれている。

「そんな事より、この水着どうですか?やっぱりちょっと地味ですよね」

そう言ってTシャツの裾を捲ると勢い良くその手を掴まれ、驚いて一角さんを見上げると物凄く怒っている顔をしている彼に顔が引き攣るのが分かった。

「何してんだお前ェは!?自分からおっぴろげる奴があるか!!」
「水着ってそういう物ですよ…」
「揚げ足取んじゃねえ!!」

怒ってばっかりの一角さんに思わず頬を膨らませると襟をぐい、と掴んで服の中を覗き込むように顔を寄せる彼に、今度は私が大きな声を上げた。

「何してるんですか!?」
「お前がどうだって聞いてきたんじゃねえか」
「だからって覗かないでくださいよ!すけべ!」
「水着ってのはそういうモンだろ」

そんな訳が無かろうに。だったらちゃんと見て欲しいのにTシャツを脱ごうとするもやっぱり一角さんに阻止されてしまう。感想を貰うのは無理そうだな、と思っていると耳元に顔を寄せる彼に当然胸は高鳴った。

「あんま俺を欲情させんな」

そんな事をあまりにも真っ直ぐな目で言うものだから何も反論出来なかった。真面目な顔をして言う一角さんに顔に熱が集まるのを感じ、この人にはやっぱり敵わないのだと思い知らされてしまう。

「そこの二人ー!イチャつくのは良いけどそろそろ帰るわよー!」

副隊長の呼ぶ声に肩が跳ね、声の方へ振り向くと慌てて行きましょ、と一角さんの手を引いた。刹那、名前、と名前を呼ばれて逆に手を引かれ、振り返ると彼は不敵な笑みで口を開いた。

「帰ったら他の野郎の事なんざ考える暇も無えぐらい抱いてやるよ」
「なっ…!」

分かり易く動揺する私の手を握り直して歩き出す一角さんの顔を見上げると、その顔は先とは打って変わって嬉しそうだった。





尸魂界へ帰る道中、隣を歩く副隊長は楽しかったわねえ、と満足気に呟いた後、私に優しく声を掛けて来た。

「どうだった?」
「海ですか?楽しかったですよ」
「そうじゃなくて。一護と話してみて、何か感じた?」

感じた事と言えばやっぱり志波隊長に似てるな、と言う事で。それを改めて聞いて来る副隊長の心中が少しだけ分かってしまった気がした。以前初めて一護君の姿を見た後、私はあの人の存在を思い返して彼女の前で泣いてしまった。あの時はまだ完全に吹っ切れて無くて、そんな私に副隊長は今傍に居てくれるのは誰なのか、と諭してくれたのだ。
きっとあの時の私が彼女の中でまだ燻っているのだろう。

「一護君は、やっぱりあの人に似てます」
「…そう」
「でも、安心してください副隊長。もう絶対にあの人を思い出して泣いたりしません。私の傍には一角さんが居てくれますから」

そうね、と優しく笑う副隊長はいつものように私の頭を撫ぜてくれた。




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