男性死神協会会長である射場副隊長が属する七番隊の隊舎裏に設けられた祭り会場は松本副隊長と一角さんの言う通り大きくは無いけれど、護廷十三隊の死神達で賑わっていた。女性も男性も浴衣を着ている姿がちらほら見受けられ、色とりどりの風景が視界に広がった。
近頃は日が沈むのが早くなり、終業後間もなくの今ももう直ぐで暗くなりそうだった。それでも幾つかの出店にお祭りの雰囲気を感じて心が踊る。

「あっ!!つるりーん!!たんぽぽー!!」

私達二人をこんな風に呼ぶのは瀞霊廷に一人しか居なくて、その声の主に振り向くと何故か浮竹隊長の隣で綿あめを頬張る草鹿副隊長の姿があった。

「副隊長…ここで何してんすか」
「うっきーとわたあめ売ってるんだよ!」
「それは見りゃあ分かりますよ。つーか売ってんじゃ無くて食ってんじゃねえかテメェは」
「お!斑目と名字じゃないか!」

草鹿副隊長がここに居ることを知らなかったのだろう、一角さんはそのことに少し驚いている様子だった。綿あめを売る二人に頭を下げると、その後ろで虎徹三席と小椿三席が一生懸命に綿あめを作っているのが目に入った。

「うっきー!つるりんとたんぽぽはすっごい仲良しなんだよ!」
「そうかそうか!斑目と名字はすごく仲が良いのか!じゃあ二人で綿あめを食べなさい!」
「いや要らないっすよ」
「どうしてだ?お代は要らないから、ほら遠慮せず貰いなさい」
「金取らずに何の為に売ってんだあんたら」

三人のやり取りに呆気に取られていると浮竹隊長から目の前に綿あめを差し出され、咄嗟に受け取ってしまった。

「浮竹隊長、お金払います。いくらですか?」
「良いんだ!いつも日番谷隊長には世話になってるからな」

いつも隊長の方が浮竹隊長にお菓子を沢山貰っているのだから、こちらがお世話になっている立場なのでは、と言う間も無く楽しめよ!と言う浮竹隊長にありがとうございます、と再度頭を下げてその場から離れた。

綿あめなど久しく食べて無く、口の中に入れると直ぐに溶けることに驚いた。こんなに早く溶けてしまうものだったか、と一角さんにも食べて貰おうと振り向くと彼は何故か少し離れた所に立っていた。

「一角さんも食べましょう。折角頂いたんですし」
「要らねえよ」
「食べて欲しいんです」

そう言うと近付いて来る一角さんに綿あめを差し出し、大きな口の中にふわふわとしたものを収める姿が何だか可愛らしくて思わず口元が緩んだ。

「甘えな」
「飴ですからね」

あんなに大きかったのに意外と食べ切れたことに自分でも驚いた。不思議な食べ物だな、と綿あめを纏っていた割り箸を屑籠に入れた瞬間、一角さんを呼ぶ渋い声に私まで反応してしまった。

「一角!来てたんかおどれ!こっち来い!」
「射場さん…デケェ声で呼ぶのやめろ」
「お!そがいなべっぴんさん連れよって、羨ましい限りじゃのう!」
「うるせえな…!」

男性死神協会会長でありこのお祭りの主催者である射場さんはこの雰囲気がよく似合っていた。彼の出店は射的が出来るらしく、どうも、と頭を下げるととても楽しそうな射場副隊長は私に銃を差し出して来た。

「やってみい」
「え、」

あらかじめ弾を込めてくれたものを渡してくれる射場副隊長から戸惑いながらもそれを受け取ると、意外と重くて吃驚する。良いんですか?と問いかけると黙って頷く彼にお礼を言い、綺麗に並べられた景品を眺めた。半分以上を可愛い犬の置物が占めており、狛村隊長を思わせることに吹き出しそうになってしまった。
深呼吸し、銃を構えると幾つかある犬の置物の中の一つに標準を合わせて引き金を引いた。

「残念じゃのう」
「難しいですね…一角さんもやってみませんか?」

射場副隊長の言った通り私の撃った弾は残念なことに空を切った。振り向くとやっぱり何故か私と距離を取る一角さんを不思議に思うも、直ぐに近付いてくれる彼に銃を手渡した。

「一角、お前はきっちり金払わんかい」
「俺からは金取んのかよ」
「当たり前じゃ」

渋々お金を払って弾を貰い、それを込めた銃を一角さんは軽々と構えた。そんな彼に刀を持つ姿とは違う格好良さを感じ、思わず見惚れてしまった。パンッ!という音にハッとすると並んでいた景品の中の一つが無くなっており、それは撃ち落とされたことを示していた。

「ほう!やるのう!」
「凄い!一角さん上手ですね!」

簡単だろこんなモン、と言う姿にまた格好良さを感じていると、射場副隊長から手渡された犬の置物はやっぱりとても可愛いかった。

「これ私が貰って良いんですか?」
「んなモン俺が欲しがるとでも思ってんのかお前は」

ありがとうございます、と一角さんを見上げると少しだけ彼の表情が柔らかくなった気がした。それにまた見惚れてしまいそうになりながら、射場副隊長にお礼を言ってその場を後にした。


◇◇◇


「名前〜!一角〜!」

聞き慣れた声に振り返るとやはり副隊長の姿があった。隣にはトミちゃんも居て、浴衣姿の二人は物凄く華やかで女の私でも惚れ惚れしてしまう。安心感から顔を綻ばせながら二人へ近付き、手に持っていた犬の置物を自慢するかのように見せびらかした。

「見てください、これ一角さんが射的で取ってくれたんです」
「あら良かったじゃない。こんなに喜んでくれたら取った甲斐があったわねえ、一角」
「うるせえ」
「全く、本当素直じゃないんだから」
「斑目三席やりますね。カッコイイ〜」

舌打ちしながら二人へ不機嫌な顔を向ける一角さんに苦笑しつつ、犬の置物を巾着へ大事に仕舞うと副隊長は私の肩に手を置いて何やら嬉しそうな表情を浮かべていた。

「名前、今日花火上がるから。ちゃんとその時間まで居るのよ」
「えっ、そうなんですか?」
「男性死神協会の予算なんてたかが知れてるでしょ。折角だし女性死神協会の力で打ち上げることになったの」
「朽木隊長の力ですよね?」
「うるさいわね堀池。朽木隊長の協力を得たのは私達なのよ」

そうですか、と笑うトミちゃんと副隊長を見ながら、花火が打ち上がるという話に胸が踊った。まさか今年もう一度花火を見られるなど思っても居なくて、加えて恋人の彼の横で見られるとなれば嬉しさは止めどなく溢れる。

一角さんを振り返るとやっぱり私達と少し距離を取る彼に、口元を緩めながらその目を見つめ返した。


◇◇◇


出店を一通り見終わると気が付けば空は暗くなっており、人工的な灯りだけで照らされたお祭り会場は尚も賑やかだった。まあまあな人混みの中でこの風景を忘れたく無くて視界に収めていると、不意に手を掴まれた。

「はぐれても知らねえぞ。ちゃんと前見て歩け」

すみません、と言うと同時に爆発音がして驚いて見上げると空には大輪の花が咲いていた。朽木隊長の力と言っていたが、あの人の協力を得るなど容易いことでは無いだろうに。こんな綺麗な花火を見れることに女性死神協会の方々と朽木隊長に感謝の気持ちでいっぱいになった。
手に在る温もりを感じながら隣に居る一角さんへ視線を向けると彼も私を見ていた。

「どこ見てんだお前は。俺ァ花火じゃねえぞ」
「一角さんこそちゃんと花火見てくださいよ」

そう言うと空へ視線を移してくれた一角さんに私も釣られて瞳を動かした。それこそ先日の花火大会程の規模では無いにしろ、夜空を彩る花火に目を奪われた。やっぱりもう一度一角さんの顔が見たくて横を盗み見ると、去年と同様に彼もこちらへと視線を変えてきた。
跳ねる心臓に直ぐに空へ視線を向けると私の手を握る力が強くなった気がした。

最後の花火が打ち上がると会場を後にする人達の姿をぼんやりと眺めながらこれで終わりなのか、と寂しさを感じてしまう。しかし去年とは違い私と一角さんは手を繋ぎ、確かに互いの気持ちを知り合っている。それだけで十分だった。

「帰りましょうか」

私の言葉を皮切りに二人で歩き出すとお祭り会場を後にし、こんな機会を与えてくれた男性死神協会の方々に改めて心の中で感謝した。


◇◇◇


互いの隊舎への帰り道の涼しさは少し肌寒いぐらいで確実に秋が訪れることを報せているようだった。私の下駄の音はよく響いて、二人して何も言葉を発しなくとも鼓膜が揺れた。
一角さんが意識を無くしている間には聞きたいことがあんなにも溢れていたと言うのに、言葉が確実に返ってくる状況になると彼に何も言えなかった。

「どうだった、祭りは」

不意に掛けられた言葉に顔を上げると私を見下ろす一角さんの顔に顔が綻ぶのが自分でも分かった。

「楽しかったです」
「の、割には浮かねえツラしてんじゃねえか」

言葉にした気持ちは確実に本心で、それでも逢瀬が終わってしまう事に切なさは溢れた。きっとそれが顔に出てしまっているのだろう。二人共に尸魂界に居るのだから会おうと思えば明日だってまた会える。それでも次にこうして浴衣を纏ってこの人の横を歩けるのは一年先になる。何事も無く来年も一緒に居れれば、それはまた実現出来る筈。

「来年も浴衣を着て一角さんと出掛けたいなあって」
「出掛けりゃ良いじゃねえか」
「本当ですか?約束ですよ?」
「分ァったよ」

来年を楽しみに思いつつ、彼の返してくれた言葉に嬉しさが込み上げた。それでも約束なんてした所でそれが確実に果たせるか、未来のことなんて誰にも分からなくて、寂しさから出た言葉に自分でも少し驚いた。

「今日はもう少し、一緒に居たいです」

そう口にして立ち止まると二人で自然と向き合い、顎を持ち上げられて一角さんの鋭い瞳に捕まった。顔を近付ける彼を受け入れるように瞼を閉じると、触れた柔らかい唇に彼の死覇装を握り締めた。
去年は拒否してしまった口付けを、今年はすんなり受け入れられることがこんなにも幸せなんて。あの時の自分に教えてやりたいとさえ思った。

唇と唇が離れると同時にゆっくりと開けた瞼の、その視線の先にある一角さんの顔にやっぱり見惚れてしまった。

「ハナから帰らす気なんざ更々無えよ」

いつもより低めの声で囁かれ当然のように恥ずかしがる私の手を引く後ろ姿を、彼の部屋に着くまでの間、只々目に焼き付けていたかった。


◇◇◇


男性死神協会開催の夏祭りから二日後の終業後、私は突然あることを思い出した。そう言えば副隊長から借りたカメラを一角さんから返してもらっていない、と。
慌てて電子書簡でその旨を記した文書を彼へと送り、執務室の戸を軽く叩き飛び込むように入るといつも通り机に向かう隊長と長椅子に腰掛ける副隊長、そして何故かトミちゃんの姿があった。

「やだ名前!いきなり入ってきちゃ駄目じゃないの」
「すみません…!それより副隊長!あの、お借りしたカメラなんですけど、」

いつもはいきなり入った所で何も言わない副隊長を少し不審に思いながらもお詫びの気持ちを口にしようとしたのだが、長椅子の前の机に広げられた写真を視界に入れた瞬間に固まって言葉を失ってしまった。

「カメラなら一角から返して貰ったわよ」
「何ですかこれ…」
「丁度さっき現像が終わったのよ。それにしてもあんた達、二人で撮った写真が一枚も無いじゃないの」
「というか、殆ど三席の写真ですね」

机の上の写真はトミちゃんの言う通り浴衣姿の私が写っているものばかりだった。綿あめを頬張る姿や射的をしている姿、副隊長とトミちゃんと話している姿、他にも様々な角度から撮られた私の写真が何枚もあり、更には花火を見上げているであろう横顔までが収められていた。
いつの間にこんなに撮ったのか、とそれを手に取りながら、あの日やけに一角さんが私と距離を取っていたことを思い出した。

「カメラは一角さんに取り上げられてしまって…でも、いつの間にこんなに、」
「もしかして撮られてたこと知らなかったの?通りでカメラ目線が一枚も無い訳ね。あー、だから一角の奴…」

副隊長の言葉を遮るように叩かれた戸に隊長が反応すると、開かれた入口から顔を見せたのは今しがた頭に浮かべていた人物だった。
目が合うなり驚いた様子の一角さんは私の手の中にある写真を見て更に驚き、次には怒ったような表情をしていた。

「あァ!?おい松本テメェ!!こいつに知られねえようにしろっつったろ!!」
「本当うるさいわねえ。しょうがないじゃないの…ていうか、あんたの言うこと聞いて私に何の見返りがあんのよ。この子にバレないようにして欲しかったら賄賂の一つでも寄越しなさいよ」
「もう斑目三席ったら、隠し撮りなんて良くないですよ」
「ホントよ。撮りたいなら撮りたいって名前本人に言えば良いじゃない」
「斑目三席って意外と恥ずかしがり屋さんなんですね」

二人の会話に青筋を立てる一角さんに彼を宥めたくも、恥ずかしさと嬉しさで何も言えなかった。そんな私の手から写真をかっ攫う一角さんに、あっ、と声を上げて彼を見上げると物凄く睨まれてしまった。そのあと直ぐに机に広げられた写真をかき集め、邪魔したな、と執務室を後にする一角さんに部屋に居る全員が呆気に取られて固まった。

「あ!一角の奴!お礼ぐらい言いなさいよ!!」
「すみません副隊長…代わりにお礼言わせてください。ありがとうございます」
「良いのよ、早くあのハゲ追いなさい」

怒っていたのに直ぐに優しい表情になった副隊長に安堵しながら頭を下げた。
失礼しました、と言い残して早足で歩く一角さんを走って追い掛け、やっと掴んだ死覇装に彼を見上げた。その顔が少し赤く見えるのはきっと私の気の所為では無いだろう。
名前を呼んでもただ罰が悪そうにする一角さんに、何だか今まで感じたことの無い感情が溢れた。

「あの、写真沢山撮ってくれてありがとうございます」

そう言いながら掴んだ死覇装を握る手に力を入れた。

「来年は、二人で一緒に撮りたいです」

眉間の皺を少しだけ緩ませ、私を見下ろす一角さんはゆっくりと口角を上げ出した。そのことに次に彼の口から発せられる言葉はきっと、また私の胸を高鳴らせるのだろうと予想が出来てしまった。

「約束しろ。そんで絶対ェ破んじゃねえぞ」

はい、と笑うと、一角さんもつられるように柔らかく笑った。




リクエストして下さった夕波様へ





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