長編後日譚「赤より熱く白より清い」のその後のお話
一角さんが現世から帰って来て約二ヶ月が経ち、そろそろ夏も終わりを告げようとしている中、私は詰所の掲示板を見上げていた。業務連絡や報告などがきちんと掲げられている隣に"夏祭り"と大きな文字で書かれた貼り紙が視界に入ってしまい、つい見入ってしまったのだ。
よくよく見てみるとそれは男性死神協会主催のもので、護廷十三隊に属する死神達の為に開催されるらしい。
「何をそんなに見入ってるの?」
自分に掛けられたであろうことが明白な声に振り返ると、予想通り副隊長が不思議そうな顔で私を見ていた。私の視線の先にあった貼り紙を見て、ああこれね、と直ぐに理解した彼女に楽しみから言葉を掛けた。
「副隊長も行きませんか?トミちゃんも誘って」
私の言葉を聞いた途端一瞬驚いた顔をしたあと、呆れたような顔をする副隊長に何かまずいことを言っただろうか、と緊張感が走る。
「あんたから誘ってくれる日が来るとは思わなかったわ。すごく嬉しいけど、だったら一角と行きなさいよ」
副隊長が何故そんな表情をしているのかやっと理解出来た。なるほど、と思うも頭に思い浮かべた恋人は、このような催し物に興味があるとは思えなかった。
「一角さんはこういうのあまり好きじゃ無さそうですし」
そう言う私に溜め息をつく副隊長を見上げると、彼女はやっぱりあまり晴れない顔をしている。副隊長の言いたいことは分かっていた。私がまた後ろ向きな言葉を口にしているから呆れているのだ。
「でも一角と行きたいんでしょ?」
「私は副隊長達とも行きたいです」
「ありがとう。嬉しいけど、これは一角と行きなさい。あんた達最近デートしてないでしょ?」
「そうですけど、」
「この間の花火大会だって眠りこけてたんだから埋め合わせして貰いなさいよ」
一角さんが意識を失ってしまったのは仕方が無かったことで、埋め合わせして欲しいとは微塵も思わない。それでもまた浴衣を着て彼と出掛けたい欲求は確実にあった。
「今日にでも誘いに行ったら?来週よコレ」
「え!?そんな早いんですか!?あ!本当だ!」
「多分そんな大それたお祭りじゃないでしょうけど…声掛けてあげれば良かったわね。ほら、これ持って行って良いから」
何故今まで気が付かなかったのか、と少し落胆する私に貼り紙を剥がして渡してくれる副隊長から有り難くそれを受け取ると嬉しさから握り締めた。
ありがとうございます、と言うと優しい笑顔でちゃんと誘うのよ、と頭を撫ぜてくれる彼女に楽しみは募る一方だった。
◇◇◇
余計なことを考えず十一番隊の隊舎に来れる自分は随分と肝が座るようになったな、と改めて思った。全く緊張しないと言ったら嘘になるが、ここの人達にも優しい面があることはもう知っている。
門を潜り抜けると、その先に居る箒を持った二人の隊士とばっちり目が合ってしまった。こんなこと確か去年もあったような、と一角さんを"斑目さん"と呼んだだけで問い詰められた日を思い出した。
私と目が合った二人は固まり、そんな彼らに恐る恐る声を掛けた。
「あ、あの、いっ…斑目三席はどこに居られるか知ってますか?」
去年の反省を生かして問い掛けると彼らは慌てて背筋を伸ばし、私にちゃんと向き合ってくれた。その姿に呆気に取られると、その口から発せられた言葉に更に驚いた。
「何言ってるんすか姉御!俺らに敬語なんて使わなくて良いっすよ!」
「そうっすよ!あ!斑目三席ですね!多分道場だと思います!」
一角さんが救護詰所から戻った日に確かに一部の十一番隊隊士から姉御と呼ばれるようになったが、それがまさか隊全員に伝わっているとは思わなかった。彼らの言葉に安堵してお礼を言うと、強面な顔に笑顔を浮かべて見送ってくれる姿に頭を下げた。
本当に私と一角さんは恋人同士として認識されているのだ、と改めて感じると緩む口元を押さえながら道場へ足を向かわせた。
◇◇◇
「ありがとうございました!!」
道場に近付くとお礼を述べる野太く大きな声が幾つも聞こえ、入口から室内に向かって頭を下げる何人かの隊士の姿が目に入った。感じる霊圧からしてきっと中にいるのは私が探している人物で、彼らは稽古を付けて貰っていたのだろう、と予測出来た。
やはり忙しそうな一角さんを祭りに誘うことに気が引けてしまった。きっとここで誘わなかったら副隊長とトミちゃんに物凄く呆れられるに違い無い。それでも彼が私に割いてくれる時間を考えるとどうしても足は動いてくれなかった。
やっぱり副隊長達と行こうかな、と踵を返した瞬間、先まで道場に向けられていた声が自分に向かって来たことに肩が跳ねた。
「あ!斑目三席の彼女だ!」
「馬っ鹿お前ェ!彼女さんだろ!」
「違えよ!姉御だっつってんだろ!」
ゆっくり振り返ると大体予想していた光景が広がっていた。十数名は居るであろう隊士達は汗をかいていて、そんなら彼らは揃って私に頭を下げて来た。つられて私も頭を下げて顔を上げると、道場の入口に立ってこちらを見据えている一角さんの姿があった。テメェら早く戻れ、と言う彼の声に次々と詰所に入って行く隊士達を眺め、再び一角さんへ視線を移すと怪訝な顔をする彼に少しだけ緊張感が走る。
「おい名前、んな所突っ立ってねえでこっち来い」
その言葉に従うように罰が悪くなりながら道場まで歩き、入口に立つ一角さんの目の前にまで来ると、お疲れ様です、と言いながらその少し険しい顔を見上げた。
「取り敢えず中入れ」
草鞋を脱いで彼の後に続くとやっぱり去年の花火大会に誘った日のことが頭を駆け巡った。あの時と違って私達は恋人同士となっていて、それでも私は相も変わらずこの人に自分の言いたいことを直ぐに言い出せずに居る。
俯き加減で居るとすぐ傍まで来た一角さんに顔を上げても、尚も険しい顔の彼に何と言えば良いのか分からない。
「用があって来たんだろ。黙ってちゃ分かんねえぞ」
「はい…すみません、」
「謝れっつってんじゃねえ。言いたいことはハッキリ言えって、いつも言ってんだろうが」
「その、来週、お祭りがあるみたいで、」
その先の言葉が出て来ない。去年の方がまだちゃんと言えていた気がする。副隊長に言ったように誘いの言葉を口にすれば良いのに、この人のことになるとそれが格段に難しくなる。
「行きてえのか」
察してくれた一角さんの言葉に頷くと、溜め息をつく彼に死覇装を握り締めた。やっぱりあまり乗り気になれないんだろうな、と視線を伏せた。
「大した祭りじゃねえだろ」
「でも、折角だから浴衣着て一角さんとお出掛けしたいなって思って」
去年も今年も花火大会は何だか不完全燃焼に終わってしまった。だからこれは好機だと思った。ちゃんと浴衣姿を見て欲しくて、その姿でこの人の横を歩きたい欲求が心を支配し、それは自然と口から出ていた。
「私とデートしてくれませんか…?」
やっと発することが出来た使い慣れない言葉に恥ずかしさから口を結ぶと、頭に置かれた大きな手の温もりに視線を戻した。見上げた先の口角を上げた一角さんはとても嬉しそうに見え、それがやっぱり一年前の彼と重なった。
「良いぜ、してやるよ」
◇◇◇
祭りの当日、私は去年と変わらぬ浴衣を身に纏っていた。どうせなら新しい浴衣を買おうかとも思ったが、やっぱりこの浴衣はとても気に入っていた。少し苦い思い出が詰まったものだけれど、だからこそ今日一角さんと新しい思い出を刻みたいと思った。
この間の花火大会の時のようにトミちゃんに髪を結って貰い、化粧も殆ど自分で施したこの姿は自信を持って彼に見て貰える。
待ち合わせの時間まであと数分、去年を思い出すとまた少し胸が切なくなった。確かあの時は一角さんが虚の討伐に出向くこととなり、私は花火が打ち上がるまで一人で待ち惚けた。もしかしたら今日だって同じ事態が起こり得るやも。しかしそれは戦闘部隊に属する彼とお付き合いする上では致し方ないこと。
鳴るかもしれない伝令神機を握り締めると、近付く霊圧に顔を上げた。
「待ったか」
いつものように死覇装姿に斬魄刀を携える一角さんの姿に心から安堵した。いいえ、と返事すると私の頭から爪先までまじまじと見てくるさまに居心地が悪くなる。
「そんなに見ないでくださいよ」
「じゃあ何でそんな粧し込んでんだよ」
「野暮なこと聞かないでください」
「俺の為だろ」
「自意識過剰ですよ」
「あン?違えのか」
問い詰めて来る一角さんはどんどん距離を詰めて来て、最終的に私の顔を覗き込むようにする彼に心臓が忙しなくなる一方だった。そんなことわざわざ聞く必要など無いだろうに。ふい、と顔を背けると図星か、と笑う彼の言葉に何も言い返せなかった。
不意に手を掴まれ、歩き出す一角さんの後を相変わらず履き慣れない下駄の音を響かせながら付いて歩いた。その後ろ姿が愛おしくて巾着の中から取り出したものを構え、画面に収められたことを嬉しく思うと振り返った一角さんは眉間に皺を寄せ出した。
「おい、何してんだ」
「副隊長にカメラ借りたんです」
久しぶりの逢瀬が嬉しくて、今日の光景を写真に収めたいが為に副隊長に頼み込んでカメラを借りていた。画面に映る一角さんは顔が見えてなくて、もう一度写した振り向く顔はとても良い表情とは言えないけど彼らしくて笑ってしまった。
ふと手中にあったカメラを取り上げられ、慌てて取り返そうとしても一角さんの腕の長さに届く筈も無かった。
「返してくださいよ…!」
「機械なんかに頼んな。自分の目で脳に焼き付けろ」
写真に残したくて借りたのに、自分の懐にカメラを仕舞ってしまった一角さんに頬を膨らませて恨めしい視線を送っても何の効果も無かった。