書類業務真っ只中の私の元へ嬉々として寄ってきたトミちゃんの口から発せられたのは現世へ買い物に行かないか、という誘いの言葉だった。

「化粧品は現世で買った方が安いんですよ!」
「そうなんだ」

確かに瀞霊廷に売られているのは現世からわざわざ仕入れているのだからそれなりに値が張るのは当然だ。しかし現世へ出向くのも容易なことでは無い。私はトミちゃんと違いわざわざ尸魂界を出てまで化粧品を買いに行く、なんて考えると腰が重くなってまう。

「あと下着も欲しいんです。三席も買っておきましょう?」
「下着?それはこっちでも買えるでしょ?」
「ただの下着じゃありませんよ。勝負下着です」

トミちゃんの言葉に固まってしまった。"勝負"と付くからには戦いに挑む際に身に付けるのだろう、と予測出来るがこの子はその度に下着を変えているのか。

「勝負?何と戦う時に付けるの?それ」
「もう三席…そんなベタな反応しないでくださいよ」
「だって勝負って言ったじゃん」
「勝負は勝負でも、」

男性を堕とす勝負です、耳元で囁くトミちゃんの言葉をやっぱりちゃんと理解出来なかった。そして考えれば考えるほど下着で男性を堕とすとは、と厭らしい方向へと思考が偏ってしまう自分を恥じた。

「エッチな下着付けたら斑目三席も喜んでくれると思いませんか?」
「は!?」
「そんなウブな反応しても駄目ですよ。いつもどんなエッチしてるんですか?たまには三席から誘惑しないと」
「ちょちょ、ちょっと…!」

私の想像していたことは大体合っているようだった。それを恥ずかしげもなく言うトミちゃんは流石としか言いようが無い。やはり勝負下着というのは自分が普段身に付けているものよりも艶やかなものなのだろうか。
そう考えるとふと、トミちゃんがそれを欲しがる理由が気になった。

「え、待ってトミちゃん、勝負下着欲しいってことは、」
「あ、言うの忘れてました!無事、彼氏出来ました〜!」
「そうなの!?いつの間に!?」
「あれ?いつだったかな?」
「覚えてないの…?」
「半分ノリで付き合ったので」

大丈夫かこの子は。檜佐木君との恋はトミちゃんにとって悲しい結末となり、そんな中彼女に新しく恋人が出来たのは喜ばしいことなのにあっけらかんと言い放つ姿に不安が勝ってしまう。

「誰なの?相手は」
「それはまた今度詳しく話します。それより!行きましょうよ現世!」

あまり深堀りして聞くのも気が引けて彼女が自らちゃんと話してくれる日を待とう、とそれ以上は追求するのをやめたは良いが、現世へ行くという提案に悩んだ。行くには隊長から通行許可を貰わないといけないし、それも二人一緒に行きたいと頼むとなると億劫になってしまう。
それでもトミちゃんと現世に行くなど今までに無く、彼女がこうして誘ってくれるのも以前のように自分の殻に閉じ籠っている私が居なくなった証拠に思えた。
分かった、と返事するとやったー!と喜ぶトミちゃんが微笑ましくて、彼女と出掛けられることを楽しみにしている自分が居た。

二人で隊長に現世へ行きたい旨を伝えると、彼は思ったよりもすんなりと承諾してくれた。松本には絶対に知られるなよ、と言う目は物凄く真剣で間髪入れずに二人で返事をして現世へ赴くまでの間、その言いつけを死守した。


◇◇◇


現世の化粧品は尸魂界に置いてあるものとは比べ物にならないぐらいに数が多く、加えて煌びやかな売り場に目が眩んだ。トミちゃんから教授して貰った故に何に使う物かぐらいは把握しているが、こんなに種類があったら決めるまでに日が暮れてしまいそうだ。

「三席、このリップ可愛いですよ」
「すごい、何と言うか、可愛い過ぎるね」
「もーまたそんなこと言って!」

トミちゃんが私に持ってきてくれたのは以前くれたものよりも濃い桃色の口紅だった。心做しか輝いているようにも見えて、最終的にはやっぱりこれを付けたらあの人に可愛いと思って貰えるだろうか、という考えに至ってしまった。
自分で選んでいたら本当に日が暮れてしまいそうで選んで貰ったことを有り難く思い、彼女が見繕ってくれたものを幾つか買うことにした。

次いで入った店は予告通りの下着専門店で、こちらもあまりの種類の多さと明るい店内にずらりと並んだ華やかな下着に圧倒された。私は入ってすぐに驚きから固まってしまったというのに、トミちゃんは当たり前のように下着を吟味し出した。

「あ!これどうですか三席!ピンクで可愛いですよ!」
「う、うん、可愛いね」
「でもこの黒いセクシーなのも良いかも!」

あとは〜、と次々と色鮮やかな下着を持ってくるトミちゃんに何も言えずに居ると不意に視界に入ったものに引き寄せられるように歩いた。白色という何も変わり映え無いものだけれど、私には凄く可愛いと思った。手に取ろうとすると脇からトミちゃんが覗き込んで来て、何故か驚きの声をあげた。

「えっ、三席それが良いんですか?」
「だ、駄目?」
「結構乗り気ですね」

トミちゃんがそう言う理由分からず、手に取ってよく見てみると漸くその訳が分かってしまった。肌に乗せてみると胸と陰部を覆う箇所以外が透けていて、慌てて戻した。

「可愛いじゃないですか、レースいっぱいだし。それに確かに白のほうが逆にエロいかもしれないですね」
「何言ってんの!?私は買わないから!」
「えー、これにしましょうよ。言ってもそんなに透けてないですよ」

一目惚れしたのには違い無いが流石に大胆過ぎる。これを一角さんが見たら何と思うだろうか。

「斑目三席、これ付けてたら喜ぶと思うけどなあ」

一角さんが喜ぶ、その一言でこんなにも気持ちを揺さぶられてしまう。そしてこの子はそれを分かって囁いて来るのだ。次いつ来れるか分からない現世で、これを買わなかったら後悔するかもしれないと思う自分も確実に居た。
観念したように、これにする、と小さく呟く私に向けたトミちゃんの表情はそれはそれは満足気だった。


◇◇◇


「どうでした?斑目三席の反応は」

現世へ行ってから一週間後、トミちゃんの問い掛けの意味は分かっているのに返事は彼女の期待を裏切ることしか言えなかった。

「どうって言っても、まだ会ってないから」
「え!?あれから一週間ですよ!?最後に会ったのいつなんですか!?」

確かに私達は他の人達に比べたら会う頻度は低いかもしれない。驚くトミちゃんの気持ちも分かるが十一番隊は討伐業務が他の隊に比べて圧倒的に多く、私から誘うなど気軽に出来ない。もう少し私が欲張れば良いのだろうけど未だに彼を誘うのもそれなりに緊張してしまう。

「基本的に一角さんの都合の良い日に会ってるから」
「恋人同士になっても相変わらずなんですね。もう何も考えずに会いたいって言える仲でしょう?」
「そう出来れば良いんだけど…」
「もう焦れったい!今日会いたいって電子書簡でも送りなさい!」
「今日!?今日はちょっと、」
「じゃあ何ですか、来週ですか?来月ですか?」

こんなにもトミちゃんが詰め寄って来る理由が分からなかった。今日では無いにしろ一角さんに会う機会はいずれ生まれるのだから焦る必要など無いと思うのだが。
落ち着いてよ、と言う私に何故か悲しげな顔をするトミちゃんはすみません、と言いながらやはり何か思っていることがあるようだった。

「斑目三席と付き合ってからもそんなに我慢してるのかなって。三席はもっと甘えても良いと思うんです。恋人同士なのに遠慮する必要ありますか?」

一角さんと付き合う前の私を思い返している様子のトミちゃんに、こんなにも彼女が私のことを考えてくれていることが嬉しかった。恋愛に積極的になれない私に背中を押してくれたのは間違い無くこの子で、トミちゃんが居なかったら私はあの時告白まで踏み出せずに居た。

「ありがとう、トミちゃん。私のことそんな風に思ってくれてたんだね」
「私は楽しそうにしている三席が好きなんです。前みたいに悩んで欲しく無いんです」
「うん、分かってる。心配させてごめんね」

恋愛が成就しても尚、私の背中を押してくれるトミちゃんには感謝してもしきれない。
その頭を撫ぜてやったあと、業務中にも関わらず私は伝令神機を取りだし一角さん宛の書簡の作成画面を立ち上げた。とは言っても何と誘えば良いのか、というより下着を見てもらう為にわざわざ会うのか、と不埒な考えをしてしまうことに指は動いてくれなかった。

「もう、またそんなに考え込んで。晩御飯作るので一緒にお食事しましょ、って部屋に誘えば良いんですよ。その後そういう雰囲気になるでしょう?」
「やっぱり恥ずかしいんだけど…」
「もう知りません。勝手にしてください」
「分かった分かった!」

トミちゃんに言われた内容を文章にすると、送信するのを躊躇う私に早く送れ、と目で訴えてくる彼女の視線に意を決して送信ボタンを押した。

「送っちゃった…あ!待って!今日会うことになっても下着は、」
「ちゃんと付け替えるんですよ?分かりました?」
「……はい」

笑っているのに目が全然笑っていないトミちゃんに返事した途端に短い通知音が鳴り、恐る恐る伝令神機の画面を見ると一角さんからの承諾の返事が表示されていた。こんなに早く返事が貰えるとは思わず、嬉しい反面やっぱり恥ずかしさが募っていくばかりだった。


◇◇◇


新しいリップもちゃんと塗るんですよ、というトミちゃんのお言葉に終業後、私は早めの湯浴みを済ませると自室へ着くなり言われた通り唇に色を乗せ、現世で買った下着と睨めっこしていた。
こんな可愛いものを、しかもよく見れば少し破廉恥な下着を身に付けて、そんな私を見た彼の反応がやっぱり怖かった。トミちゃんは喜ぶと何度も言ってくれたけれど、もしも幻滅でもされたら、と後ろ向きなことばかり考えてしまうのは私の性だ。

夕飯を作らなきゃいけないのに、こんなに悩んでたら彼が来てしまう。薄く柔らかい素材のそれを見下ろし、覚悟を決めると身に纏っている部屋着へ手を伸ばした。


◇◇◇


「いらっしゃい…」

空がすっかり暗くなった夕飯時、私の部屋まで赴いてくれた一角さんの顔をちゃんと見れていない気がした。おう、と言って草鞋を脱ぐ彼に尚も鼓動は速いままで、居間まで歩く後ろ姿にも緊張なのか自分でもよく分からない感情に苛まれた。

「すみません、簡単なものしか作れなくて」

大量に作り余っていた筑前煮と茹でるだけのほうれん草のお浸しに卵焼き、鯖の味噌煮と味噌汁で至って代わり映えのしないご飯にも関わらず一角さんは優しい言葉で反応をくれた。

「どんたげ豪勢にするつもりだお前は。十分過ぎんだろ」
「それなら良かったです」

今日も会えないと思っていたのに、一緒に食卓を囲める幸せに口元は当然緩んだ。手を合わせる一角さんの姿に慌てて私も頂きます、と言い味噌汁に口を付けた。その間ですら私の心臓は五月蝿く、静かな部屋に食器の音が響くさまに咄嗟に口にしたのはやっぱり謝罪の言葉だった。

「今日はすみません、いきなり誘ってしまって」

トミちゃんにああ言われたばかりだと言うのに、私はどうしても謝ることを選んでしまう。そしてやっぱりそんな私に一角さんの眉間の皺は深くなっていった。

「すぐ謝んじゃねえよ。会いてえから誘ったんだろ。違えのか」
「そうですけど、一角さんは忙しいから、」
「俺が誘わなかったのも悪かったが、時間なんか幾らでも作んだからよ。遠慮せずに言え」

嬉しさでどうにかなりそうだった。やっぱり一角さんはいつでも私の欲しい言葉をくれる。
ありがとうございます、と言うも彼の顔は未だに険しかった。

「お前…なんか今日雰囲気違くねえか?」

いきなり言われたことに、へ?と変な声を出してしまった。
私を頭から足まで見る一角さんに冷や汗が吹き出す気がした。何故分かったのか、もしかして見えているのか、と胸元を見ても襟はしっかりと重なっている。焦る私に、ああ、と少し納得したような声の一角さんを見やると手を伸ばしてくる彼に身構えた。

「口の紅がいつもと違えのか」

そうだ、と今になって気が付いた。そう言えば口紅の色も新しいものだったと今更思い出す自分は何と間抜けなのか。唇に指を添えられ、その感触に恥ずかしくなり視線を逸らした。こんなことを確かトミちゃんから初めて口紅を貰った時もされたような、とこの人と恋仲になる前を思い出した。

そうなんです、と誤魔化すように笑うと何故か私の口元から視線を下げる一角さんを不思議に思うのも束の間、今度は胸を鷲掴みして来た。

「なっ!何してるんですか!?」
「なんつーか、胸もデカくなったか?」
「いいえ!?というか、いきなり掴むのやめて貰って良いですか!?」
「別に構わねえだろ」
「構いますけど!?」

現世のブラジャーなるものは確かに驚く程に胸を寄せてくれ、私もそのことに自分のものが大きくなる錯覚に陥ったが、まさか鷲掴みにされるとは思わず。咄嗟に一角さんの手を振り解き、胸元を腕で隠すようにする私を一瞥したあと、何事も無かったように食事を再開する彼を恨めしく思った。


◇◇◇


美味かった、という一角さんの言葉に安堵して空いた食器を洗いながら、この後のことを考えてしまった。トミちゃんの言う通りきっと"そういう"雰囲気になるだろうし、いずれにせよこの身に付けているものはその内一角さんの目に入る。緊張しっぱなしの状況に無心になるように自分に言い聞かせても無駄だった。

ふと炊事場に入ってきた一角さんを不思議に思うも、声を掛ける前に背後から抱き着いて来る彼に驚いた。

「一角さん、」

何も言わず私の耳に口を寄せる一角さんに、その吐息が掛かる事に擽ったさを感じると、そのまま首筋に顔を埋める彼に身体を捩らせた。

「ちょっ、待ってて下さい」
「待てねえから来てんだ」
「これ洗い終わったら行きますから、」

本来なら喜ぶべきことなのに、今の私はこの下着を見られたら、とそればかり考えてしまう。
私の頬に手を回し自分の方へ顔だけを向かせると、口付けをくれる一角さんの唇の感触に酷く身体が疼いた。啄むようにした口付けは思ったよりも長くて、手にある食器を落とさないようにするのに必死になった。
漸く離れた唇に閉じていた瞼をゆっくり開けると、その鋭い瞳に射抜かれてしまう。

「しょうがねえから待っててやる」

そう言って居間に戻って行く後ろ姿に、心臓は今にも破裂しそうな程に音を立てているのが分かった。この洗い物が終わってしまったら、と彼に抱かれることにこんなにも緊張してしまい、手が上手く動いてくれなかった。






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