斑目三席と新しく出来た鯛焼き屋さんへ行く当日の朝、めかし込んで来いよ、という彼の言葉を何度も頭の中で再生していた。何着も着物を持っている訳でも無いし化粧の腕だって高が知れている。それでも自分の所有する着物の中で一番女の子らしい着物を選び、いつもより丁寧に化粧した。
どうしてこんなにも頑張ってしまうのか、その理由は明白だった。私は斑目三席のことが好きになってしまったのだ。今までは何にも意識してなかったのに、恋という奴は予告も無く突然やって来る非常に厄介なものなのだ。
しかもはっきりと"デート"という体で会うことに、内心はいつまでも落ち着かない。
「あ!もう出なきゃ!」
用意に時間をかけ過ぎた、と慌てて部屋を後にし、だんだんと速くなる心臓の音を聞きながら待ち合わせ場所まで向かう道中、楽しみな気持ちと緊張感が溢れて止まらなかった。
◇◇◇
「何でそんな息上がってんだよ」
「早足で、来たので」
「寝坊か」
「違いますけど、遅れそうになったので」
「だったら走って来い」
走るなんて、余程のことが無い限りしないぞ私は。だいたい今は待ち合わせ時間の丁度一分前で遅刻などしてないし。それに御粧しした女の子に走って来い、なんて言うのアンタぐらいだぞ。
不満を心の中で存分にぶちまけ、ふう、と息を正すと改めて斑目三席に向き合った。
「斑目三席、今日非番ですよね?」
「だったら何だ」
「お休みでも死覇装なんですね」
「いつ呼び出されるか分からねえからな」
「あー…十一番隊は大変ですねえ」
労うようなことを言いつつも今日はデートだぞオイ、と言いたい気持ちを堪えた。確かに非番と言えど戦闘狂の十一番隊の人達は隙あらば戦いに出向く。平穏を望み続ける私達四番隊と彼等が分かり合えないのは当然のことだ。
「お前は珍しく可愛らしい格好してんじゃねえか」
「ま、斑目三席がめかし込んで来いって言ったんじゃないですか」
「そうだったか?」
何だそのすっとぼけた顔は、ムカつく。
デートと思ってるのはやっぱり私だけか。
そもそもデートに斬魄刀持ってくる奴が何処に居るんだ、ってここに居たわ。
何だか斑目三席の掌で転がされてる気がして視線を逸らし、もう行きますよ、とそのままお目当ての店まで歩き出した。隣を歩く彼を盗み見ると、やっぱり以前より格好良く見えてしまい、今日一日心臓が持つかどうか不安になってしまった。
◇◇◇
店に着いた時には既に長蛇の列が出来ていた。
やはり皆新しい店に目が無いのか、と思うと同時にこの列に並ばなければならない事実に斑目三席を見上げた。
「どうします?」
「あ?何がだよ」
「並びます?」
「逆に並ばねえのかお前は。何の為に来たんだよ」
私は全然並んでも良いのだけれど斑目三席はせっかちっぽいし、男性は並んだり待ったりするの嫌いなのでは。しかし私にそんなことを言うのだから並んでも良い、と言ってるように聞こえる。
最後尾につき二人で並ぶと長い列を眺めながら、あとどのくらい待たなければいけないのだろう、と考えた。別に私は新しい鯛焼きが食べれるなら何時間でも待つけれど、今の状況が非常にまずい。斑目三席と並んで立つと何を話せば良いのか分からない。
私って今までこの人と何話してたっけ?と過去を思い出しても良い話題が思い付かなった。
「あの、」
見上げる私に、斑目三席は腕を組みながら相変わらずの悪い目付きで視線だけを寄越してきた。何を話そうか考えていなかった癖に掛けてしまった声に、気まずさが募っていく。
「私痩せようと思ってるんですけど、」
「嘘つくな」
「は!?嘘じゃないです!」
「つくんならもう少しマシな嘘つけ」
どう意味だこの丸坊主野郎。
失礼すぎる斑目三席に腹を立てるも彼の言う通り、私にそんな気はあまり無かった。そんなことはこの列に並んでいる時点で明白なのだが。何でも良いから、と出した言葉は見事に砕け散ってしまった。
「私太ってるじゃないですか」
「……」
「何か言ってくださいよ!」
「うるせえな。太ってねえよ」
「え、本当ですか?」
「……」
「何で黙るんですか?」
何も言わないまま黙っていたのに、そのあと少しだけ笑う斑目三席に見惚れてしまった。
別に話題なんて何でも良かったのだ。この人と居ると話の内容など関係無く心地が良いと感じる。恋人という関係では無いけれど、何だか本当にデートしている感じがして嬉しくなってしまった。
喜んでいるのも束の間、不意に頬に感じたものに視線だけ動かすと、斑目三席は私の頬の肉を無言で摘み続けていた。
「…何してるんですか」
「暇つぶしに丁度良いと思ってよ」
「レディの肉を暇つぶしに使わないでくださいよ!」
「良いだろ、減るもんでも無え」
そうは言っても触れている部分がどんどん熱くなっていく。やめて欲しい、と言葉にせず目線だけ送ると、やっと手を離した斑目三席は今度は顔を覗き込んできた。
「何で急に痩せるとか言い出したんだよ」
「え…痩せた方が可愛いくなれるかなって」
今日の斑目三席は妙に距離が近い気がする。
顔を背けながら答え、何も言わない彼を不審に思いながら見上げると何故か不機嫌そうに眉間に深く皺を寄せていた。何か怒らせるようなことを言っただろうか、と少し不安になり、加えてこの人と話していてこんな感覚になるのは初めてだった。
「斑目三席、知ってます?現世の鯛焼きはあんこ以外も入ってるんですよ」
「おー、すげえなそりゃ」
「え、もう少し興味持って頂いて良いですか?私が頑張って話振ってるんですよ?」
不安を拭うように新しい話題を提供したというのに斑目三席は私の目すら見ずに明らかに棒読みで返事してきた。その態度に苛立ち、剃り上げられた眩しい頭を叩いてやろうかと思ったが、そんなことをした日には殺されそうだからやめておいた。
「次は現世の鯛焼き屋に連れてけってことか」
「……は?」
「あ?」
どうしてそんな話になるのか、そんなこと私は一言も言ってないのだけれど。そしてそれはまた二人でという意味なのか。
呆けたように口を開ける私に、そこでやっと斑目三席はこちらを見た。
「わ、わー、楽しみー」
「馬鹿みてえな声出すな」
「ばっ!?さっきから私の扱い酷くないですか?」
優しいのか優しくないのかよく分からない斑目三席をジッと睨むも、再び視線を逸らされてしまった。先までデートをしている実感が少しだけ湧いたというのに、やはりこの人は私のことを女として見ていないのだろうか。
少しだけ落ち込んだものの、やっと次で鯛焼きが買える状況に喜びが溢れて自分は恋よりも鯛焼きなのか、と我ながら単純なことに少し呆れてしまった。
◇◇◇
「美味しい!斑目三席!美味しいですね!」
「相変わらずうるっせえなァ。黙って食えねえのかお前は」
店から少し歩いた所にあった空いている腰掛けに二人で並んで座ると手に入れた鯛焼きを口に含み、美味しさを共有すべく思わず声を上げた。そんな私に呆れた顔の斑目三席は溜め息をついていて、それでもこのやり取りはいつものことだから気にはしない。
こんなに美味しいのだからもう一個買えば良かった、と思うと同時に本来一緒に来る筈だった彼の顔が浮かんだ。
「阿散井君の分買うの忘れてた…!」
しまった、と言いながら食べ進めるも、冷静に考えるとこの鯛焼きは期間限定な訳では無く今日から開店なのだからまた来れば良いだけの話ということに気が付いた。そして次は三個ぐらい買おう、とひっそりと心に決め込む。
「次は阿散井君と来れるかなあ」
そう言うと不意に掴まれた手首に驚き、振り返るとめちゃくちゃ不機嫌そうな顔で鯛焼きを頬張る斑目三席に睨まれていた。
「…顔怖いですよ」
「そんなに恋次のヤツが良いのかよ」
「え、別にそういう訳じゃないですけど」
阿散井君は甘いものについて語れる数少ない友達だからと言う、ただそれだけの理由だった。来れたら良いな、ぐらいの気持ちで言ったつもりだっのだけれど、斑目三席にはどう聞こえていたと言うのだろうか。
「お前がデートとか言い出したんだろうが。その最中に他の野郎の名前なんか出すな」
真面目な顔をしてそんなことを言うものだから不覚にも自惚れてしまい、デートという言葉を覚えていてくれた彼に喜んでしまう自分が居た。戸惑いながら掴まれた手首に目をやると斑目三席の長い指に鼓動は当たり前のように速くなり、息が詰まった。
ごめんなさい、と言おうと口を開いた瞬間、斑目三席の名前を呼ぶ華やかな声に手が離れ、その声の主を二人で見上げた。
「一角じゃない。何してんのあんた」
その声の主は十番隊の松本副隊長だった。
零れそうな乳房に目を奪われつつ、あまりそこばかり見ていたら失礼だと思い綺麗な顔に視線を戻すと私と目が合うなり彼女は何かを察したように笑っていた。
「彼女出来たんなら早く言いなさいよ!」
バシバシ、と斑目三席の肩を叩く松本副隊長に驚きつつ慌てて立ち上がった。変な勘違いをさせてしまった、と本当の関係を説明しなければならない状況に冷や汗が出てしまう。
「ま、松本副隊長!わたくし四番隊の名字と申します!あの、私は斑目三席の彼女ではなくて、お友達として仲良くして頂いてるだけであって、」
「え、そうなの?」
「はい!そうでございます!」
胸を張って彼女です、と言えたら良いのだけれど。私のような四番隊の、それもこんな体型の女が更木隊の三番手の彼の恋人になれる筈が無い。松本副隊長のように綺麗でナイスバディだったら、と痩せることを真面目に考えてしまった。
「ふーん。お友達ねえ」
「おい松本…用無えんなら他所行け」
「はいはい、お邪魔しました〜」
そのまま颯爽と去って行ってしまった松本副隊長に緊張の糸が切れ、深く息を吐いた。今まで間近で見たことが無かった故に、女の私でもその色気に圧倒されてしまった。
再び腰を下ろすと、こちらをじっと見る斑目三席に再び緊張感が走る。
「やっぱり松本副隊長ってお綺麗ですね。良いなあ斑目三席、あんな方と仲良くて」
「別に仲良く無えよ」
「あんな人が近くに居たら好きになっちゃいますよね。私が男の人だったら、絶対好きになっちゃいます」
気まずさを誤魔化す為だとはいえ自分で言って虚しくなった。先まで少しでも自惚れていた自分はなんと惨めだろうか。
斑目三席はもしかしたら私のことを良く思ってくれているかも、なんて、お目出度いにも程がある。あんな綺麗な人が近くに居るのに私なんかに目を向けてくれる筈など無いのに。
自分が今どんな顔をしているのか見られたくなくて思わず俯いた。
「確かに、男が寄ってくるのは松本みてえな女だろうな」
追い討ちをかけてくる斑目三席の言葉に自然と視界がぼやけた。泣くなんて、もう何年も無かったのに、自分は結構前向きな性格だと思っていたのに。
「俺はお前みてえな女のが好みだけどな」
一瞬耳を疑い固まり、少しの間のあと顔を上げ隣へ視線を向けると間違い無く私を見ている斑目三席に心臓が止まりそうになった。
「…斑目三席も私のこと好きなんですか」
「……"も"って何だ、"も"って」
「え!?あ!違います!えっと、そうじゃなくて、」
「分かった分かった、お前も俺に惚れてんだな」
「え…?え!?斑目三席も!?」
「お前…本当喧しいな」
優しく微笑む斑目三席の顔は初めて見る気がして未だに状況が飲み込めないが、きっと私と彼の気持ちは変わり無い気がした。いや、そう思うことにした。
そして今度は私の頬を優しく触れる手に漸く間違い無い、と確信を持つことが出来たのだった。