最近の私は変だ。何が変かと言ったら一番の問題は食欲が無いことで、食べたい欲求はあるのに何だか胸の辺りが苦しい感じがして食べる気になれない。
卯ノ花隊長に診て貰ったら至って健康ですよ、と言われ、彼女が嘘をつく訳も無いので原因が不明のまま今の私の悩みの種となっていた。

「はあ…」

今日も今日とて美味しそうな生姜焼きを目の前に、私はなかなか箸を付けられずにいた。久しぶりに同期の桃ちゃんがお昼ご飯に誘ってくれたと言うのに、向かいに座る彼女は可愛い顔で私のことを不思議そうな顔で見ているではないか。

「どうしたの?なまえちゃん。食べないの?」
「うーん、何か最近食欲が湧かなくて…いや食欲自体は湧いてるんだけど、何と言うか、胸が苦しくて…」
「え!?大丈夫!?」
「うん、卯ノ花隊長にちゃんと診てもらったから大丈夫。ありがとう桃ちゃん」

実際こんなことは初めてで、正直戸惑っている。
不安なことがあったりするとこの感覚になる気がするけれど、今の私にそんな不安になる悩みや心配事など持ち合わせていない。昇格試験がある訳でも、苦手な虚討伐が待ってる訳でも無いのに。

「そうなっちゃった理由とかは心当たり無いの?」
「理由…」

理由と言うより、こうなるようになった日は覚えている。先日十一番隊隊士に腕を掴まれて言い寄られ、それを斑目三席に助けて貰った。その日を境に、だったような。
その日の夜は何だか眠れなくて、助けて貰った際に腕を撫でられた瞬間や斑目三席が笑った場面を頭の中で何度も思い出してしまった。

「胸が苦しい…」
「ええっ!?本当に大丈夫!?」
「大丈夫大丈夫。まあそのうち治るよ。とりあえず食べてみよう」

実際、食べ始めてしまえばその美味しさに箸が止まらなくなる。自分は何と単純明快なのだろうか、と良いことなのか悪いことなのか分からない。

「もしかして、」
「ん?」
「それって、恋じゃない?」

恋がどんなものなのか流石の私でも知っている。今までだって好きな人の一人や二人居たことがあるし。でもこの感覚はちょっと違う気がする。
好きな人を見たり、その人と話したりすると鼓動が早くなる感覚が恋であって。
この胸を鷲掴みにされる感じとは別な気がした。

「桃ちゃんは恋すると胸が苦しくなるの?」
「うん。上手く話せなかった時とか、苦しくなるよ?」

なるほど切なくなるってことか。恋は楽しいだけじゃ無いよな、と桃ちゃんの言葉に凄く納得した。しかし、そもそも今現在私には好きな人など居ない。
確かにあの時、やけに緊張して斑目三席と三種の甘味を食べている時も彼の目を見れなかった。待てよ、と自分を制すと何だかこれでは私が斑目三席のことを好きみたいな感じにならないか。

「そんな筈無い…」
「え?何が?」
「あ!いや、こっちの話」

名前ちゃんって本当面白いね、と笑う桃ちゃんはやっぱり可愛い。羨ましいなあ、こんな可愛いかったら恋の悩みとは無縁だろうに、と思わざるを得なかった。


◇◇◇


「えーー!行けないの!?」
「すまねえ」

近々新しい鯛焼き屋さんが出来るらしく、開店当日に非番の日を合わせて一緒に行く約束をしていたのに阿散井君は手を合わせて申し訳なさそうな表情をしていた。

「新人の現世任務の引率することになっちまって。本当に悪い!」
「それはしょうがないよ…楽しみにしてたけど。また今度行こう」

やはり副隊長になると忙しくなるんだな、と同期三人が副隊長に就いている現状に、取り残されたような気分になってしまった。
奇抜な眉を下げる阿散井君を見上げながら、じゃあその非番の日は別の甘味処にでも行こうかな、と考えた。

「一角さんと行けば良いだろ」
「は!?何で斑目三席と!?」
「いつも三人で行ってるじゃねえか。俺が居なくても良いだろ?」
「いやいやいや、あの人鯛焼きにそんな愛情無いでしょ!?暇潰しに来てるだけだよ!?」
「オイ、それ本人の前で絶対言うなよ」

だって本当のことだと思う。あの人はいつも鍛えてばっかりで、甘いものとか好んで食べる人じゃ無いし。三人で鯛焼きを買っても仕方なく食ってる感あるし。

「斑目三席だって、私と二人じゃ嫌だよきっと」
「あの人、俺が行けないって伝えたらお前と二人で行くっつってたぞ」
「……どえええええ!?」
「どんな驚き方だよ」

いやいや流石に嘘だろ、あの人実は鯛焼き大好き人間だったのか?あの人が私と二人で出掛ける訳無いだろうに。
阿散井君の言葉に頭が混乱してしまう。
加えて先日、桃ちゃんと話した恋による胸の苦しみ理論であの人を思い浮かべてしまったことに、少しだけ意識してしまう自分が居た。

「お前からも聞いてみろ。行ってくれるって言うんなら有難てえじゃねえか」
「…この裏切り者め」
「ひ、人聞きの悪いこと言うんじゃねえ!」

わざわざ直接事情を話しに来てくれた阿散井君に引率頑張ってね、と返すと一角さんに連絡しろよ、と念を押してくる彼にやっぱり裏切り者だ、と心の中で呟いてやった。
課題が出来たようで少し憂鬱になり、相変わらずの胸の苦しさが余計に増したような気がした。


◇◇◇


「…どうしたんですか」
「見りゃ分かんだろ。怪我だ怪我」

終業後に伝令神機ででも連絡を取ろうと思っていたのに、その当人は血塗れになりながら私の元へやって来た。相変わらず見た目の割に涼しい顔をしている斑目三席に本当に怪我してるのだろうか、と思うも前回も同じようなことをがあったのを思い出して取り敢えず処置室へと案内した。

「ひー、痛そう。とても見てられませんわ」
「四番隊に所属してる奴の台詞じゃねえなオイ」

ちゃんと深い傷は自身の血止め薬を使って止血しているようで、重症には至ってないが普通に立って歩けていたことが信じられない。消毒しても顔色一つ変えない姿勢を部下達にも見習わせて欲しいものだ。
赤く染まった脱脂綿を見ながらあの件について話さなければ、と阿散井君に言われていたことを思い出した。

「あの、斑目三席」
「何だよ」
「明後日のことなんですけど」

そう言うとこちらへ視線をやる斑目三席は相変わらず目付きが悪すぎて睨んでいるように見えてしまう。
こっちが話そうとしてるのに、と勝手に少しだけ怯んでしまうも、これがこの人の通常の顔付きで、加えてこの人が怖い人では無いのは重々承知しているので気にせず続けた。

「阿散井君行けなくなっちゃったみたですよ」
「ああ、聞いた」
「残念ですねえ…延期します?」

包帯を巻いているというのに、いきなりこちらへ身体を向けるものだがらズレてしまった。動かないで下さいよ、と言う私に舌打ちをする姿にイラッとするも何も返してくれないことに、こちらも何も言わずに斑目三席の言葉を待った。

「お前、あんだけ行きたがってたじゃねえか」
「いや行きたいですけど、阿散井君が行けないんじゃ…斑目三席も私と二人じゃ、ねえ?」
「ねえ?じゃねえよ。お前が行きてえんなら付き合ってやるっつってんだよ」
「え?私と二人ですよ?それって、」

デートですよね?と言いかけてしまう所だった。危ない危ない、と止めることが出来た自分に安堵するも、相も変わらず睨むようにこちらを見る斑目三席に何故か冷や汗が出てくる。
そのあと何と続ければ良いのか分からず、あー、とか、えー、とか言葉を濁すように馬鹿みたいな声を上げてしまう。

「お前が行きてえっつーから、隊のヤツらに稽古付ける予定も伸ばしてやったんじゃねえか」
「え、そうなんですか?」

私の為に予定を空けてくれた、そのことにまた心臓の辺りがきゅう、と締め付けられるような感覚に陥る。ああまただ、と包帯を結びながら深呼吸をする私を尚も見てくる鋭い視線に、また息が詰まりそうになる。

「おい、行くか行かねえかハッキリしろ」
「え!?」

どうしようどうしよう。鯛焼きは食べたいけど行きたいって言ったらこの人と二人で出掛けることになるし。いや全然良いんだけどさ、と言うか寧ろ嬉しいんだけどさ。

「ん?嬉しい?」
「……あ?」

眉間の皺を深くして口を開ける斑目三席の顔が面白くて吹き出しそうになるのを堪え、そうか桃ちゃんの言う通り、私多分この人のこと好きになりかけてるっぽいな、と他人事のように思ってしまった。

「デート、してくれるんですか?」

放った言葉に目を見開く斑目三席の反応に責めすぎたか、と思うもそのあと直ぐに口角を上げる姿に胸が高鳴る。やばい、もう好きかもしれない。そうなると坊主頭がやけに格好良く見えて仕方が無かった。

「当たり前だろ。めかし込んで来いよ」

はい、と拍子抜けたように答えると同時に治療は完了し、立ち上がる斑目三席を見上げると、この人ってこんなに背高かったっけ、と何でも良く見えてしまった。こちらを見下ろして頭を撫でてくる彼に、もう心臓は持ちそうに無かった。




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