※少しだけ男性からの暴力的な描写があります



「飲み会…ですか」

詰所の廊下を歩いていると肩に優しく触れる手、そして私の名を呼ぶ声に振り返った先に居たのは阿散井副隊長だった。満面の笑みを浮かべる彼から醸し出される雰囲気に、ついつい気が緩んでしまいそうになるが歴とした我が副隊長だ。そして次に彼の口から発せられたのは今夜開催する飲み会に来ないか、というお誘いの言葉だった。

「久しぶりにどうだ?」

確か前回参加したのは初めて副隊長に誘われたとき。まだ就任したばかりの彼は私達の為を思ってか、早く隊に馴染みたいが為か、よく飲みの席に誘ってくれていた。しかし私はその一回だけ参加したきり酒が弱いという理由から、そのあとは断り続けていた。
そしてあの時は今私が想いを寄せる斑目三席も偶然同じ店に居て、彼は私を気に掛けてくれたっけ。それが確実に恋に落ちたきっかけと言っても過言では無い。

「どうした、大丈夫か?」
「あっ、えっと、そうですね…参加させて頂きます」

過去を思い出して呆けていた私の返事を聞いた副隊長はホントか、と喜んでくれている様子だった。酒は苦手だが飲み会の空気感は好き。久しぶりに隊の皆と集まれることにいつの間にか心は踊っていた。


◇◇◇


やはり飲み会は楽しかった。仕事中では話せない愚痴、プライベートな話。交わされる言葉に頷きながら感じる賑やかな空気はやはり悪くない。
かなりの盛り上がりを見せた酒の席から立ち上がり、トイレへ向かい用を足して外に出た瞬間、肩を強く掴まれたことに驚きながら振り返った。

「よう、名前」

ニヤけたような表情をしながら私を見下ろしていたのは以前付き合っていた元の彼氏だった。最近やっと連絡をして来なくなったと思い油断していた。顔が引き攣りながらその顔を見返すと、覗き込まれたことに思わず顔を背けた。

「お前も飲み会か?」
「…そう、だけど」
「なあ今度二人で飲もうぜ」

どの口が言っているのか。自分が浮気した事実を覚えていないかのような言動に苛立ちは募る一方だった。

「もう戻らないといけないから」

肩にある手を振り払い、早足で元いた席まで戻っても私の気持ちは沈んだままだった。あの男が同じ店に居るという事実に焦燥感のような、不安感のような、どちらにせよ飲み会を楽しめる自信は無かった。

「あの、副隊長」
「どうした?何か、顔色悪りいけど大丈夫か?」
「はい…ちょっと体調が優れないので、今日はお先に失礼してもよろしいでしょうか」
「マジか!?んじゃあ送ってってやるよ」
「大丈夫です…!一人で帰れます。すみません、折角誘って頂いたのに」

気にすんな、とほろ酔い気味で笑ってくれる副隊長、それから隊の皆に挨拶して店を出ると少し安堵した。それと同時に何故私がこんな思いをしなければならないのか、と最後まで宴会を楽しめなかったことに落胆する。
溜め息をついて足を踏み出し、暗い道を歩くと必然的に自分の足音が響き、それを耳にしながら部屋までを目指した。
刹那、もう一つの足音が後ろから迫っていることに気が付き、振り返った途端腕を強く引かれる感覚に驚きから目を見開いた。先ほどと同様に不穏な笑みを浮かべる元恋人の彼の顔を視界に収めた瞬間、しまった、と後悔しても遅かった。
人気の無い裏路地にて肩を掴まれて建物へ乱暴に押しやられ、痛みを感じる間も無く唇に触れたものに身体が固まる。キスされた、と理解した瞬間に全身を駆け巡る嫌悪感に抵抗しようと藻掻いても相手の力には勝てなかった。

「何で俺のこと避けるんだよ」

離れた唇から発せられた言葉もまた、私を不快にさせた。その理由を分かっていないことにも、こうして無理矢理キスしてくることにも、自分のことしか考えていないような所も、全てが不快に感じた。

「離して…!」
「なあ、何でだよ」

そう言って首筋に唇を寄せる様子に鬼道の一つでも出したいのに身体が動いてくれない。どうして私はこんな男が好きだったのだろう、とそれだけが頭を占めていた。

「やめてって言ってるでしょ!」
「今から俺の部屋来いよ。良いだろ?」

肩を掴んでいた手がいよいよ胸を覆い、怖さから泣きそうになりながらその不快な手を払いたいのに力が及ばない。

「やだ…っ、やめて…!いや…!」

涙が眼球に張り付き視界がぼやけてきた頃。元恋人の動きが止まると同時に低い声が鼓膜を揺らし、眼球を纏っていた涙が頬を伝った。

「嫌がる女抱いて楽しいか」

私に恐怖を与えていた手を掴んでいたのは坊主頭の彼だった。そしてその顔付きは今まで私が彼に抱いていたものとは正反対だった。斑目三席の瞳が射抜いているのは私ではないのに、その声とピリついた霊圧に身体は動いてくれないままだった。

「後悔しねえうちに帰れ」

額に冷や汗をびっしょりと滴らせた元恋人は青ざめた表情でその言葉に従うように、なんとも格好悪く私達の元を去って行った。

「大丈夫か」

ハッとして再び斑目三席へ視線を移すと先とは打って変わり、私の知っている優しい彼の表情が戻っていた。
はい、と絞り出した声で言うと今起こった一連の流れを思い返し、勢い良く頭を下げた。

「あ、ありがとうございます」

もしも斑目三席が来てくれなかったら、と考えてまた怖くなり、そして全身を包み込むような安心感に涙がちゃんと止まってくれない。

「すみません…」
「いま謝る必要あったか」
「だって、どうして斑目三席がここに…?」
「この近くの店で飲んでてな」

わざわざ来てくれたんですか。どうして私が辛いとき、悲しいとき、寂しいとき、傍に居てくれるんですか。
そんな自意識過剰なことを口走る前に口を結び、もう一度頭を深く下げた。

「本当に助かりました…もう大丈夫なのでお店に戻ってください」
「帰んだろ。送ってく」
「でも、本当に、」
「泣いてる子ほっといて呑む酒なんざ、美味くねえだろうよ」

やだ、やてめよ。どうして頑張って押さえ込んでいる感情をそんな易々と引き摺り出そうとするの。
六番隊舎で良いか、と歩き出す斑目三席の広い背中に頷きながら小さな声で返事をし、図々しいと思うも私の歩幅に合わせて歩いてくれる彼の隣を歩いた。

「元恋仲つったよな、あの野郎」
「…はい」
「俺が言うのもなんだが名前ちゃん、男見る目無えな」

確かに、その一言に尽きる。出会ってから付き合った当初は凄く優しくて、彼のそんなところに惹かれた。しかしきっとあの人にとったら私は大きな存在では無かったのだろう。そしてそれは私もきっと同じ。浮気されたことが分かったときも、そんなに悲しくなかったような。

「出会ったときは優しかったんです」
「それだけか、惚れた理由は」
「優しくされたりすると…すぐ惚れちゃうんです」
「危なっかしいなァおい。また悪い男に引っかかっちまうぞ」

ちらり、と斑目三席の横顔を盗み見るとなかなか目が離せない。
私が言うのもなんだが、この人も私に対して優しくし過ぎでは。しかし本人にその自覚は無いのだろう。
危なっかしいだなんて、だったらそんな優しくしないで欲しい。もう私はとっくに貴方に惚れてしまっているのだから。

「斑目三席は…悪い男の人ですか?」

そう問い掛けると斑目三席は視線だけを私の方へ寄越し、それだけで胸が高鳴った。
この人が悪い男の人だとしても私のこの気持ちは揺るがない。

「どうだかな」

そう言う顔にまた見惚れた。どんどん底なし沼に嵌っていくようなこの感情は元恋人の彼には抱いたことは無かった。きっと私はこの先ずっと、この人を目で追い、その姿を視界に収める度に恋をするのだろう。

叶わないと分かっていても自分ではどうすることも出来ないこの感情と心の中で何度も木霊させた好きです、という言葉のやり場は、やっぱり分からないままだった。





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