好きな人が出来たら、どうすれば良いんだっけ。
そんなことを考える日々が続いた。そしてその度に頭に浮かぶ坊主頭の彼の姿を無意識に探している。もう一度あの瞳で私を見て欲しくて、あの大きな手で触れて欲しくて。
斑目三席が普段女性に対してどのように接しているか分からない。祭りの日、あの日私にしてくれたこと全てを他の女性にしていたら、と思うと胸が苦しくて仕方が無かった。
彼は私の恋人でも無いし、ただの護廷十三隊の隊士同士に過ぎない。その上あっちは上位席官で、私は平隊士に限りなく近い下位席官。無謀な恋だと分かっているのに斑目三席への気持ちは日に日に大きくなる一方だった。

月日は過ぎ、寒さが身に染みる冬のある日のこと。
仕事中にも関わらずぼんやりしているとピピピ、と伝令神機が短く鳴った。開くと届いている電子書簡の差出人の名前を視界に入れた途端、溜め息をついた。それは元恋人の彼で、近頃よく連絡をしてくると思ったら最終的にはヨリを戻したい、と言い出し始めたから。
別れた原因はあっちの浮気なのに、自己中心的な行動にうんざりする。付き合い始めた時はあんなに好きだったのに人の気持ちというのは分からないものだ。

執務中ということもあり返事はせずにそのまま伝令神機を閉じた。
私もこうして斑目三席に対して積極的になれれば良いのに。いや、私が元彼のことを何とも思ってないように、私のことを何とも思ってない彼からしたら迷惑極まりないだろう。
結局また斑目三席のことを考え始めてしまい、午前中は悶々とした気持ちを抱えながら仕事に向き合う羽目になった。


◇◇◇


瀞霊廷内の食堂で昼食をとっている最中も私の頭は斑目三席でいっぱいだった。どうしたらこの大きくなってしまった彼への気持ちを断ち切れるか、いっそ斑目三席に彼女でも居たら諦められるのに。

箸が進まず、味噌汁を意味もなく掻き回していると前の席にお盆を置く音がして顔を上げ、私を見下ろす人物を視界に捉えた途端に心臓が高く鳴り、一瞬息が止まった。

「ここ、空いてるか」

今しがた頭に思い浮かべていた人物が間違い無く目の前に存在していて、驚きから声を出すことが出来なかった。何も言わない私の顔の目の前で手をヒラヒラと振る斑目三席は怪訝な顔をしていた。

「どうした。大丈夫かオイ」
「…あっ、ああ!すみません!空いてます…!」

どうしてこのタイミングで彼が私の前に現れるのか、考えても無かった事態に全身が心臓になったかのように鼓動が響く。椅子に腰を下ろした斑目三席の顔をちゃんと見れなくて、箸を握る力が思わず強くなる。

「いつもここでメシ食ってんのか」
「えっと、はい。隊から近いので。斑目三席はどうしてここに…?」
「四番隊からの帰りだ。腹減ったから寄ったんだが、まさか名前ちゃんに会うとは思ってなかったぜ」

そうですね、と返しながら名前を呼んでくれる声が何だか擽ったくて、顔にどんどん熱が集まる。
斑目三席がここへ来たのは偶然だと分かっていた。しかし彼は私の姿を捉えてくれて、大して深い関係じゃないのに話し掛けるだけでは無く目の前の席に座ってくれた。
こんなことされたらまた思い上がってしまって、この人への気持ちもまた膨らんでいく。

「丁度いいや、名前ちゃんに相談があってよ」
「え?私に、ですか?」

相談とは、三席のこの人が私にすることなのか。その内容もまだ分からないが嬉しいことに変わりはない。
何ですか?と問い掛けると持っていた茶碗を置いた斑目三席は私をじっと見据えてきた。思わず目を逸らしたくなりながら彼からの返事を待つと、その顔があまりにも真剣で身構えた。

「女子っつーのはやっぱ桃色だとか、そういう可愛らしい色を好むのか」
「色ですか?人それぞれだと思いますけど…どうしてですか?」
「誕生日に贈るモンを、ちょっとな」

ああ馬鹿だ私。一人で思い上がって。どうしてこの人に恋人が居ないって決めつけてたんだろう。相手が恋人かは定かでは無いが誕生日にプレゼントを贈るということは少なからずこの人にとって、その女性が特別な存在なのは明白だ。

「あー、彼女さん、とかですか?」

彼女が居ると分かればこの気持ちを断ち切れる良いチャンスだ。この先毎日無駄に斑目三席の顔を思い浮かべる必要も無いし、会いたいという欲求も抑え込める。
それでも箸を強く握っていた手はいつの間にか震えていて、次にこの人の口から発せられる言葉が怖くなり、質問を重ねたことを後悔した。今にも涙が込み上げて来そうなのに恋人が居る事実を突き付けられたら、それは溢れ出てしまうかも。

「あ?居る訳無えだろそんなモン」

は、と息が喉から自然と吹き抜けた。きっと今の私は相当間抜けな顔をしている。何と反応したら良いか分からなくて、でも恋人じゃないにしろプレゼントを送りたい相手が居る事実は変わらない。それが女性だということも。

「じゃ、じゃあ好きな人…とかですか?」
「違ェよ。ウチの副隊長だ副隊長」
「ふく…」

十一番の副隊長といえばあの可愛らしいピンクの髪をした少女だ。確か草鹿副隊長だっけ。

「誕生日に現世の乗りモンを作れって五月蝿えんだよ。ソレの色を何にすりゃ良いかと思ってよ」
「の、乗り物ですか」
「ローラー…何つったか、忘れちまった」

五月蝿いと言いながらも、こんな真剣にプレゼントについて考え込む斑目三席に拍子抜けした。やっぱりこの人は見た目に寄らずとても優しい。その優しさはきっと誰にも向けられているのだろう。
恋人も好きな人も居ないと分かったけれど思い上がっては駄目だ。

「ピンク…あ、桃色は草鹿副隊長らしくて、とても良いと思います。私も好きですし、桃色」

思い上がっては駄目なのに安堵からか笑みが零れた。私の言葉を聞いた斑目三席は少しだけ驚いたような顔をしたあと直ぐに元の表情を戻り、止めていた箸も動かし始めた。
じゃあ桃色にするか、と独り言のように言う姿に私も再び箸を動かそうとした瞬間だった。懐の伝令神機が鳴り、なかなか止まない音は電話が掛かってきている証拠だった。

「ちょっと、すみません」

斑目三席にそう言いながら開くと画面に記されている、午前中にも見た元彼の名前に心底うんざりした。出なくとも問題無いが、そろそろはっきりと言わないと気が滅入ってしまう。私から掛け直すのも気が引け、躊躇いながらも通話開始のボタンを押した。

「…もしもし」
「お、出てくれると思わなかった」
「何の用?」
「ちゃんと話したいんだよ。今夜空いてねえか?」
「いきなりそんなこと言われても困る。今食事中だし、はっきり言って迷惑だからもう掛けてこないで」

何かを言いかけた向こう側の声を遮るように通話を終わらせると、すみません、と再び斑目三席に謝罪の言葉を送った。何で寄りにもよってこのタイミングで掛けてくるのか。元彼への嫌悪感は募るばかりだった。

「困りごとか」
「あ…はい。少し」
「相談乗って貰った礼だ。俺で良けりゃ聞くぜ。無理に話せとは言わねえが」

こんなこと、この人に話すことなのだろうか。くだらない、と一蹴されるかも。それでも斑目三席の真っ直ぐな瞳は何でも解決してくれそうで話を聞いて貰うだけなら、と全てを話した。

「私がもっと強く言えば良いんでしょうけど」
「厄介な野郎だな。好きな女の嫌がることするたァ、同じ男として情けねえぜ。ったく」

同じじゃない。斑目三席は人の嫌がることなんてする人じゃないと分かる。まだまだ私の知らない面があるのだろうけど、それだけは分かる。

「ありがとうございます、斑目三席」
「何もしてねえだろ。つうか俺からそいつに直接言ってやろうか、名前ちゃんに近寄んなって」
「大丈夫です。お気持ちだけ頂いておきます」

その気持ちだけて嬉しかった。その言葉がとても心強かったから。あと残り僅かの休憩を、次いつ会えるか分からないこの人と過ごす大切な時間にしたかったから。


◇◇◇


食堂を二人で出ると、互いの隊舎への分岐点までの道を一緒に歩いた。この時間がずっと続けば良いのに、と願わざるを得ない。この人に会う口実も、立場も、私は持ち合わせていないから。

ふと向かいから歩いてくる人物に思わず足を止めた。斑目三席のお陰で少しスッキリした気持ちで居られたのに、悩みの種となる人物の声を聞くだけでは無く、顔まで見ることになるとは。
立ち止まった私に当然のように斑目三席も歩みを止め、どうした、と声を掛けてくれた。しかし元彼が向かいから歩いてきている、なんて言ったらこの人はどんな行動に出るのだろう。先に言っていたように直接物申すかも。
そんなことを考えている間にも元彼との距離は縮まり、隣に立つ彼の方へ身体を向けて小さく零してしまった。

「その、さっき話した元彼が、向こうから、」

言ってしまった。そう思うと同時に頭を包まれるような感覚に驚いたのも束の間、そのまま私の顔を自分の胸板に押し付けるようにする斑目三席の死覇装を反射的に握った。

「悪りィな、少しばかり我慢しろ」

上から降ってくる低い声に落ち着いていた筈の心臓がまた五月蝿く鳴り始めた。祭りの時よりももっと近い距離に、息する度に斑目三席の匂いがして、それなのに今この時が本当に現実かどうか分からなかった。
暫くそうしたあと後頭部にあった手の力が緩まり、ゆっくりと顔を上げた。こちらを見下ろしてくる顔があまりにも近くて、早く離れなきゃいけないと分かっているのに私は直ぐに身体を動かせなかった。

「行ったぜ」
「…ありがとう、ございます」

お礼を言うとやっと動いた身体を斑目三席から離しても彼の温もりは残ったままだった。加えて深呼吸しても心臓の速さは変わらず、その目をちゃんと見れない。
何事も無かったかのように歩き出した斑目三席の背中を見ながら、その後を付いて歩くのに必死になった。やっぱりこの気持ちは抑え込める筈が無くて、こんなにも溢れだしている。

互いの隊への分岐点に着くと二人同時に再び足を止め、自然と向き合った。

「さっきは本当にありがとうございました」
「礼言われる程のことじゃねえよ」
「いえ、とても助かったので」

あと交わせるのは別れの言葉だけ。それ以上の言葉は何も無い。なのに私は感情の赴くまま声を発してしまった。

「あの私、斑目三席が、」

はっきりと見た斑目三席の顔の鋭い瞳に捕まると、その先は言えなかった。言ってしまったら、もう二度と会えなくなってしまうかも知れないと思ったから。

「あ…その、斑目三席が居てくれなかったら見つかってました」

あまりにも滑稽だ。誤魔化したように言った言葉に自分で嘲笑した。気持ちが幾ら溢れ出ようと言葉にするのはこんなにも難しい。
地面に目を伏せていると頭をふわり、と撫ぜる手の感覚に視線を上げた。鋭い視線はそのままに優しい顔をする斑目三席に間違い無く見惚れ、やっぱり言葉を失くした。

「困ったことあったらいつでも言えよ」

じゃあな、と去っていく彼の広い背中を見つめ続け、小さくなる後ろ姿に放った、好きです、という言葉は届く筈が無かった。




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