「お前また太ったろ」

斑目三席はそう言って私の二の腕辺りを摘み出した。失礼極まりないこの言動には毎度のことながら殺意が湧くも、私が彼と戦ったところで勝てる筈も無い。

「セクハラですよ斑目三席。草鹿副隊長へ直訴させて頂きますね」
「おいお前…やめろよ」

この人を怯えさせるなんて、あの可愛らしい見た目の何処にそんな脅威が潜んでいるというのか。毎回この常套句を使うと冷や汗をかく斑目三席の肩には虚の爪痕がしっかり刻まれており、そこからだいぶ出血している。痛くないのか、と思うもこの救護詰所に来た時から彼は涼しい顔をしていた。

まあ斑目三席の言う通り私はしっかり太ってしまったのだけれど。所謂標準体重よりも大幅に上回る私の体重は決して誰にも言えないが、何故か卯ノ花隊長にはズバリ当てられてしまったのはここだけの話。

しかし、この人の良いところは私がどれだけ太ろうが決して"痩せろ"とは言わないところである。そして他の十一番隊隊士よりもずっと優しい。治療もこうして黙って受けてくれるのは四番隊隊士としてはとても有難いことだ。

「お前あれだろ、今食いモンのこと考えてんだろ。……おい待て待て待て!何だその注射器は!おい!無視してんじゃねえぞ!」

最後の良い所は取り消しておくとして、斑目三席がそんなこと言うものだから甘い物が食べたくなってきてしまった。仕事が終わったら団子を買いに行こうかな、と彼の言う通り食べ物で頭がいっぱいになる。

「はい、終わりましたよー。お大事にー。お気付けてお帰りくださいー」
「ンだよ、折角菓子でも買ってきてやろうと思ってたのによ」
「え、本当ですか?」
「単純にも程があんだろ」

そう言いながらも何が良いんだよ、という斑目三席にお団子、と言おうと思ったが鯛焼きも良いな、饅頭も捨て難い、と迷いが生まれてしまった。
他人から貰うお菓子というのは自分で買うよりも美味しく感じるのは何故だろうか。長考する私に要らねえなら帰る、と処置室から出て行こうとする斑目三席の腕を掴んだ。

「お団子が良いです!鯛焼きでも良いです!饅頭でも良いですよ!」
「おー、全部買って来いって事だな、上等だ」
「全部だなんて言ってないじゃないですか。日本語分かります?」
「ぶっ飛ばす…!」

本当にぶっ飛ばされそうで間合いを取ると、何故か溜め息を吐かれた。終業時刻まで居るかと問われると元気良く居まーす!と答えて笑顔で見送った。


◇◇◇


「名前ちゃんよく斑目三席と話せるよね。怖くないの?」
「斑目三席は優しいよ。目つき悪いけど」

こうして私が斑目三席の治療にあたると必ずと言っていい程、同じ四番隊の人に驚かれる。
確かに私も初めて会った時は目つき悪いなあ、とは思ったが、そこまで怖い印象は無かった気がする。

今でこそ六番隊副隊長までのし上がった阿散井君だが彼とは同期で加えて甘い物、特に彼は鯛焼き好きで有名で、私は彼と美味しい鯛焼きの店の情報を交換し合う仲である。
数年前、お気に入りの店で限定百個の幻の鯛焼きが発売されるという日、私はたまたま非番で朝から店に並んでいた。購入することができ、食べようと思ったが鯛焼きに目が無い阿散井君に食べて貰った方が鯛焼きも喜ぶと思い、そのまま十一番隊舎へ向かった。
しかしこの隊の人間は野蛮な人が多く阿散井君に鯛焼き届けに来たので呼んで下さい、などと言った日には殺されそうだなと、命を惜しむように伝令神機で連絡し入り口まで来てもらうことにした。

門の前で出てくるのを待ち、聞こえる足音に振り向き笑顔で鯛焼きを差し出した。

「はーい!幻の鯛焼きですよー!」

しかしそこに居たのは赤髪の彼ではなく、丸坊主の男性だった。時が止まったかのような空気に何も無かったかのような振る舞いをするとメンタル化け物かよ、と言われ、それが斑目三席と初めて交わした言葉だった。
その直後今度は正真正銘の阿散井恋次が出てくると先に斑目三席に放った言葉をそのまま言うと今度は鋼メンタルだな、と言われた。

そこから阿散井君との鯛焼き屋巡りに斑目三席も来るようになり、何故か彼の治療を私が担当することが増えた。

懐かしいなあ、と思いながら報告書を書いていると終業の鐘が鳴り、慌ててそれを仕上げる為に筆を走らせる速度を早めた。


◇◇◇


翌日の朝、そう言えば昨日斑目三席来なかったな、と思いつつ忙しそうな彼を想像して仕方ないと詰所へ入った。今日はやけに十一番隊隊士の患者が多く送り込まれ、聞いた情報によると昨日の夕刻から大量に発生した巨大虚と戦った末、全滅させるのに朝までかかってしまったということだった。
これで斑目三席が来なかった理由も明確になったが、彼がここに居ないということは大した怪我はしてないのだと安堵した。

手分けして治療にあたるも、この隊の人達はまあ文句が多いこと。痛いのは怪我してるから当たり前のことなのに、消毒するだけで暴言を吐かれる。痛いですよー、と声を掛けるも痛くねえようにしろ!と子供のようなことを言う。
虚を討伐してくれたことには感謝しなければならないが、吐かれた暴言の数を考えると躊躇してしまう。
だいたいの隊士の治療を終えると、ふう、と息をつき散らかった処置室の片付けに入った。

「おい!姉ちゃん!」
「はーい」

処置室の入り口から呼ぶ十一番隊士にまだ居たのか、と思いつつ駆け寄ると出口どこだよ!とキレられた。迷子かよ、と心の中で突っ込むと笑顔でご案内しますねー、とガラの悪い男隊士を連れて出口まで向かった。

「助かったぜ」
「良かったです。ではお大事にー」

無事送り届け詰所へ引き返そうとした瞬間、腕を強く掴まれた箇所に痛みが走った。戸惑いつつ離してもらえますか?と言うも不気味な笑みを浮かべる男に自分の顔が引き攣るのが分かった。

「姉ちゃん、抱き心地よさそうだな」
「…離してください」

ぐい、と引かれ男の顔が近くなることに鳥肌が立った。逃げ出したいが強く掴まれた腕は簡単に抜けそうも無く、下手に抵抗すれば暴力を振るわれるかもしれない。
味わったことの無い不快さと恐怖に動けなくなってしまった。

「いいだろ、ちょっとくらい」

その言葉を耳にした瞬間、大きな音を立てて目の前の男は吹っ飛び数メートル先に気を失って倒れていた。
え?え?と何が起こったのか分からない状況に狼狽えていると、すぐ傍に斑目三席が立っていることに気が付いた。

「あれ!?斑目三席!?」
「気付くの遅せえよ」
「あ、あの人大丈夫ですか?斑目三席が吹っ飛ばしたんですよね?」
「敵の心配たァ、お前の頭はホントに花畑だな」

敵、とか言っておきながら吹っ飛んだ彼は貴方の部下ですよね?と言いたい気持ちを堪えた。
ありがとうございます、と頭を下げると先程掴まれていた腕の袖を勢い良く捲る斑目三席に目を見開く。

「な、何して、本当にセクハラで、」

私の言葉に何も反応せず、顕になった腕の痣になっている箇所を優しく撫ぜる斑目三席の指の動きに鼓動が早くなるのを感じた。あの男隊士に触られた瞬間は嫌で堪らなかったのに、この人に触れられるのは全然嫌じゃない。

むくり、と起き上がる男隊士は斑目三席を見るなり彼に頭を下げ、早く戻れ!と怒鳴られると走って四番隊を去って行った。


◇◇◇


「え!本当に全部買ってきてくれたんですか!?」

お団子と鯛焼きとお饅頭と、紙袋の中には私が昨日言った三種類のお菓子全てが入っていた。
何だか申し訳無い気持ちになり何度も頭を下げると良いから食えよ、と言う言葉に取り敢えずお饅頭を齧る。美味しい、と言う私を満足気に見る斑目三席の目をちゃんと見れない自分に違和感を感じた。

「た、鯛焼きは阿散井君にも分けてあげても良いですか?」
「あ?お前の為に買ってきてやったんだ、ダメに決まってんだろ」

全部食べきれるかな、と思いながら"お前の為"と言う言葉に再び早まる鼓動に胸を押さえ斑目三席を見上げた。

「じゃあ、斑目三席一緒に食べませんか?」

しょうがねえな、と笑う目の前の彼に少しだけ見惚れてしまったのはここだけの話。





戻る


- ナノ -