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 見た目が古い割に建て付けはしっかりしているなあ、などとぼんやり考えながら畳の埃を丁寧に箒で掃いていく。やって初めて気付いたけど、掃除するのがこんなに気持ち良いとは思わなかった。来月から一人暮らしする訳だし、こまめに掃除することにしようと心の中に密かに誓いを立てる。脳裏によぎったのはコソドロに荒らされたのではないかと疑われるくらい汚い、学校にある自分ロッカー。元々大雑把というか、自分のことには無頓着だった俺は男子の中でもトップクラスの汚さらしい。佐伯って顔は良いのに残念だよな、と友人よく溢されていたのが懐かしい。
 水雑巾を硬く絞り、埃だらけの壁や窓を拭いていく。灰色に曇った硝子窓が本来の輝きを取り戻していく姿は、最早爽快と言っても過言ではない。家が綺麗になると共にテンションも掃除をするスピードも徐々に上がっていく俺の耳に、風で戸がガタガタと揺れる音以外の何かが聞こえてきた。ふと腕を止め、耳を澄ませる。何処からか微かに聞こえてきたのは、くすくすと笑う声だった。ああこれか、と納得した俺は再びこれから住む家を綺麗にする為の掃除へと取り掛った。





「と言う訳で、ようやく家が決まったよ。こんな時期だからアパートとか空きがなくて焦ってたけど、あの家のこと思い出して本当によかった。いろいろ条件も揃ってるし、好都合な物件だよ。うん」
「………」
「………」
「あれっ二人共そんな顔してどうしたの?」

 住む家が決まって喜々としている俺とは正反対に、目の前にいる友人であるバネと樹っちゃんは呆れたような、疑惑を掛けた凄く微妙な顔をして俺を見返している。

「お前…決まったってアレだろ?あの…」
「三丁目にあるあの噂の…」
「うん、あの幽霊屋敷だけど」

 それがどうしたの、と聞き返すと二人は揃って深い溜め息をついた。人の顔を見ながら溜め息なんてちょっと失礼じゃない?なんて溢すと今度こそ呆れ眼で「目の前の馬鹿に失礼なんて言葉は勿体無いのね」「むしろ失礼なのはお前のその鋼の無神経だ。今すぐ俺達に土下座しろ無駄男」と集中攻撃された。何その言われ様…っていうかバネが何時にも増して酷い。

「サエだってあの家の話聞いてない訳じゃないだろ?」
「勿論、ずっと昔から聞いてる噂だし」
「じゃあ何であんなボロ屋に決めたのね。多少高くても他にもあるでしょうに」

 そう、俺が来月から住むと決めた家は巷で有名な幽霊屋敷。父の親戚が幽霊屋敷のある土地を所有しているのだが、20年くらい前から怪奇現象や幽霊が出るようになったらしい。その親戚自身も心底気味悪がっていたので俺が話を持ち掛けた時は喜んでいた。恐らく厄介払いができたからだろうが、それについて俺は全く気にしていない。
何十年も前に建てられたらしいその日本家屋は、中から見ると古くはあるがけして狭くなく、掃除さえしてしまえば充分住める環境だったし、本当に幽霊が居ようが居まいが構わない。

「確かに住む所なら他にもあるけど、あそこが一番条件に合ってるからね」
「サエって鈍感なんだかよくわかんねえな」

 以前は住む人も居たが、ここ数年は一人も居なかったらしい。あの大量の埃がその証拠だろう。そう考えれば俺は相当な物好きか、変人という括りに入れられるのか。

「俺達は一応忠告したし、何があっても知らないからな」
「大丈夫だって。俺霊感とかさっぱりだし、呪いとか掛けられても気づかないんじゃないかな」
「サエならありえるのね」
「まあ、何かあったらいつでも呼べよ。家具運んだりとかなら手伝ってやるからよ」
「散らかしてないか時々見に行ってやるのね」

 俺の事情を理解しているバネと樹っちゃんは、『不安だがどうしよもない』といった感じで諦めているようだ。なんだかんだ言いつつも、二人は何時も俺のことを心配してくれているし、俺自身もそのことを理解しているつもりだ。優しい友人に恵まれて本当に幸せ者だと痛感する。

「ありがとう、二人とも」

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