「こんにちはー、木更津さんお誕生日おめでとうございます!」
平日にも関わらず、何時もより鳴る回数が多い扉のベルが再び来客を知らせる。顔を出したのは、これまた見慣れた友人だった。
「鳳も来てくれたんだ。ありがとう」 「本当に今日は暇な奴が多いな」
なんだかんだ言って祝われるのはいつになっても嬉しいもので、開閉される度に室内の温度が逃げてしまう為、なかなか温まらない事すら気にならなくなる。亮はああ言ってるけど、その顔には隠しきれていない笑顔が溢れている。中途半端に素直じゃないんだから。
「こんにちは、鳳くん」 「ちょただC!ひっさしぶりー」
カウンター席にいた暇人二人が鳳に気付く。まあ観月は未だしも芥川は本当にバイトとかいいのかな。
「観月さんと芥川先輩もいらしてたんですね。あ、これお祝いの花束とプレゼントです」 「あ、ありがと…別に普通サイズで良かったのに」
鳳から渡されたのは誕生日祝いと言うより、大の大人でも両手で抱える程大きな花束だった。俺のコメントに対し、鳳は「え?これって普通サイズじゃないんですか?」と素で聞き返してきた。そういえば鳳は時々コンサートとかに出てるんだった。写真でしか見てないけど、終わりに貰っていた花束もコレと同じ位の大きさだったなと思い出して渇いた笑いが出た。
「鳳といい幸村といい、うちを花屋にする気かよ」 「幸村さん?」 「あの夫婦が朝に気合い入れたヤツ持って来てさ…今は家に置いてるよ」
朝早くに夫婦揃ってニコニコしつつ、それはそれは豪華花束を渡された時は、悪いけど、少し引いた。あれじゃあまるで結婚式用だ。
「何か飲んでいくか?」 「いえ、残念ですが実は午後から授業が入ってるんで行かなきゃいけないんですよ」 「そっか、じゃあ次来たらサービスするからね」 「はい。それじゃあ皆さん、また今度」 「ああ、じゃあな」 「ばいばーい」 「さよなら」
手を振りながら鳳はまた寒空の下へと戻って行った。この花束何処に置こうかな。と考えていると、再び扉が開かれ、ベルが店内に鳴り響いた。
「いらっしゃ――跡部!」 「邪魔するぜ」
そこにいたのは高級そうなスーツに身を包んだ跡部だった。今日は本当に友人が多くて驚いていたが、僕や亮、事情を知っている観月はまた別の意味で驚いていた。のほほんとケーキをつついているのは芥川くらいだろう。
「おま…イタリアにいるんじゃなかったのか?」 「ほう、良く知ってたな」 「だってニュースに出てたし、えっ、何でいるの?」
朝のニュースでイタリアのお偉い社長(よく覚えてない)と握手を交してた映像は芥川以外の皆の記憶に新しい。しかし、なぜその男が今日本にいるのだろうか。
「ま、ちょっとした野暮用だよ。オラ」 「わっ」
跡部の手から真っ白な紙袋を手渡される。これはまさか、誕生日プレゼントなのだろうか。少し重い袋を受け取ると、跡部は満足そうな表情で頷き、「家に帰ってから開けろ」と残してさっさと帰って行ってしまった。
「……」 「……」
僕と亮はどうしたら良いのか、と言いたげな表情で互いの顔を見合わせる。跡部が渡してきたのは恐らく誕生日のプレゼントだろう。白い袋の中にはシンプルなラッピングを施された2つの同じ大きさの箱が入っている。まあ、今日が今日なだけにこれが誕生日プレゼントであるということは明白であるが、祝いの言葉も告げずに立ち去るなど、25年間の人生で跡部が初めてだろう。傍若無人な跡部らしいといえばそれで終わってしまうわけではあるが、律儀にプレゼントをくれた彼の言う通りにプレゼントは家で開けることにした。
「なんか結構貰っちゃったね」 「年々増えてるな」
テーブルの上は友達や常連のお客さん達から貰ったプレゼントで埋められていた。さらに冷蔵庫には丸井の店から貰ったケーキ、窓辺には鳳と幸村夫婦からもらった花と、家中がプレゼントで埋め尽くされていた。誕生日だけど、こんなに貰いっぱなしじゃ悪い気がすると亮と話していた。
「あ、跡部から貰ったやつ、まだ開けてないや」
テーブルの端に置かれた白い袋から二つの箱を取り出し、一つを亮に手渡してもう一つを自分で開ける。箱は僅かに重く、なんだろうと考えてやめた。取り出しかけた箱の中から覗くそれは、紛れもなく透明なガラスのティーカップだった。
「これ・・・」 「・・・淳が割ったやつに似てるな」
もう一つも同じだったらしく、ガラスのソーサーとカップが出てきた。亮の言った通り、それは僕が前に割ってしまったカップによく似ていた。唯一違う点といえば、それには花の装飾はなく、代わりに下から上に曇りガラスで綺麗にグラデーションされていた物だった。
「あー・・・前に淳が落ち込んでた時に俺が言ったからか」 「え、喋ったの」 「喋るも何も、あの姿みたら誰だって落ち込んでるってわかるよ」 「そんなに酷かったっけ?」 「一週間くらいは引きずってた」 「うそ」 「ほんと」
クスクスと癖になった笑い方が部屋に静かに溶け込んでいく。あの跡部なら同じ物を探すのも作らせることもできただろうに、わざわざ違うのをくれたのには何か思うところがあったのだろう。別にもうあのカップに未練はないけど、すごく嬉しかった。もちろん今日貰ったプレゼントも含めて、全部。
「新しいカップもあることだし、紅茶淹れるか」 「ついでにケーキも食べようよ」 「そうだな」 「亮」 「何?」 「おめでとう」 「ああ、おめでとう」
祝福の日、幸せの日
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