亮は引っ込み思案で、僕は初対面が苦手と、僕らは元々消極的な性格だった。
だからいつも帽子を深く被り、片や前髪で視線を隠していた。
恐らく昔の自分に接客業をしていると言ったら声を上げて驚かれることだろう。
そんな僕らに変化が起きたのは、卒業して僕が家に帰ってきた頃だった。

寒空の中を電車に揺られつつ、半年振りの我が家へと向かった。
地元の駅に付き、やたら重いバックを肩に下げて駅を出ると、見慣れた父さんの車が停まっていたのを見つけた。

「淳、おかえりなさい」
「おかえり」
「ただいま。迎えに来てくれたんだ」
「結構寒かったし、半分は宅配で送ったとはいえ、その荷物だって重かっただろ?」
「うん、助かったよ」

助手席に荷物を置き、後部座席にいる亮の隣へ座る。

「ほら」
「へ?」
「手、冷たいんだろ」

そう言って亮が半ば無理矢理僕の手を包み込む。
冷たい空気が満ちた外とは反対に、暖かい車内にいた亮の手はとても熱く、感覚を失った僕の冷たい指先を溶かしていく。
ふと視線を上げると、肩に付く位まで切られた亮の髪が目についた。

「髪、切ったんだ」
「ん?ああ」
「中学の時、そのくらいの長さで切られたんだよね。懐かしいや」
「もう伸ばさないのか?」
「こっちになれちゃったからね、今更伸ばすのが面倒だし」

亮は僕の手を擦りながら「そっか」と返す。
その髪はバラバラで切り揃えられてはいないが、僕が家を出た時と同じで本当に懐かしく思った。
しかし、その時と違う点が一つだけあった。

「ねえ、帽子はどうしたの」

兄のトレードマークとも言える赤い帽子が無いのだ。

「そういえばお前、夏休み帰って来てなかったからな」
「どういうこと?」

困惑している僕をよそに、落ち着いた調子で答える亮に違和感を覚えた。

「もう被ってないんだ。夏からずっと」
「え、」

顔にこそ出てはいなかったが、その驚きはとても大きかった。
学校や店の中以外、人見知りだった亮は顔を出すのをあまり好まず、外に出る時は帽子を被らない事は無かった。
その亮が、半年以上も帽子を被っていないなんて。

「何で…」
「うーん…もう必要無くなったって言うのかな。まあ最初は慣れなくて大変だったけどな」

帽子に遮られずにちゃんと見えるその表情は照れながらも、どこか嬉しそうに感じられた。

「帽子は部室に置いて来たんだ」
「良いの?」
「大丈夫だろ、実際に半年間こうして何事もなく来たことだし」

僕はエスカレーター式だったからほとんど変わらない顔ぶれだったが、亮の方はそれぞれ別々の高校に行ってしまったのでサエや樹っちゃん達など、仲の良かった友人とはバラバラなってしまっていた。
そんな環境で(人のことは言えないが)人見知りの亮がやっていけるのかやや不安な点はあったものの、またテニス部に入って新しい友人達と楽しくやっていたようだ。
兄を変えたのは恐らくその友人達だろう。
何がきっかけかは分からないが、前より少し大人びた顔をしている兄を見るとそうならなければいけない事があったのかもしれない。

「ちょっと見ない間に変わっちゃったね」
「当たり前だろ、これから成人して暮らしていくんだからな」
「そうなんだけどさ」

今まで離れていても近くにいた双子の兄を遠い存在に感じたのは、後にも先にもこの瞬間だけだった。

「…やっぱり置いていかれるのは嫌だね」
「え、何か言ったか?」
「ううん。別に」

僕の手が十分に温かさを取り戻したのを確認して、亮は手を離した。
例え遅くても、置いていかれないように自分も変わらなければ。
真っ直ぐに自分をとらえる兄の目を見返しながら、小さく密かな決心を抱いた。


きっかけは単純且つ明確に



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