俺はどちらかと言うと忍耐力はそんなに無い方だ。
だから今、よく耐えていると思う。

「お客さまは神様でしょ?あなたこんな対応ならお客なんてこないわよ。商売してんならそんな初歩的な事覚えていて当然でしょ?」

この女はこれだけよく喋れるもんだ。
文句だけで5分は言い続けているはずだ。


事の始まりは10分前、この親子が店に来たときからだ。
いつも通り「いらっしゃいませ」と声をかけたが、この女が付けてる香水があまりきつくて顔を引きつらせてしまった。
第一印象は成金、と言う感じだ。
濃い化粧にブランドのバックやアクセサリー、子供は年齢に合ってないような洋服。
正直言って、服に着せられているというのが正しいだろう。
子供は可愛いのに服や化粧のせいで台無しにされている。
他のお客さんに迷惑がかかると思って声をかけようとしたが、先にいた老夫婦は「別にいい」と目で言っていた。
淳を見ると肩をすくめて「仕方ないんじゃない?」といった感じだ。

「ご注文は?」
「そうねえ…私はコーヒーで、ミキちゃんには氷無しのオレンジジュースとショートケーキを持って来て頂戴」
「はい、少々お待ち下さい」

こうなったら早く帰ってもらうのが得策だ。
スタスタと厨房へ行くと久々に綺麗な空気を吸った気分になった。

「なんなんだよあの女…香水きつすぎ…」
「ワキガじゃない?子供に化粧はちょっとね、肌悪くなるのに」
「いーからとっとと出して帰ってもらうぞ」

いつもより早い調子でコーヒーを入れ、ケーキとオレンジジュースを入れてまたキツイ匂いの元へと戻る。

「お待たせしました」

女の前にコーヒー、子供の前にケーキとジュースを置いて立ち去ろうとするが、女が不機嫌そうに声をかけた。

「ちょっと」
「何か?」
「何よこれ」

テーブルを見ても注文には間違いは無い。
すると女はジュースを掴み、俺の目の前でつきつけた。

「何でジュースがこんなに少ないのよ。コップいっぱいまで入れてきなさいよ」

コップには六分まで入れられたジュース。
どうやら女はこれが不服だったらしい。

「申し訳ありません、氷無しの適切な量はこちらになっているもので」
「何よ、ケチケチしてないで入れてくればいいでしょ!お客さまは神様なんでしょ?なら言うこと聞きなさいよ!」

こうして最初に至る訳だ。
この女、二言目には「お客さまは神様」と言ってくるが、お客さまにも礼儀や限度があるだろう。
少なくともこんな礼儀知らずの女を神様なんて思いたくはない。

「あんた働いてるなら客に対してそれ相応の扱いがあるでしょ?」
「はあ」
「わざわざ時間空けてきてやったんだから、礼儀わきまえてちゃんとやりなさいよ」

まさかこの女に礼儀を言われるなんて世も末だ、と思いながら理不尽な文句を聞き流し続けた。
少しすれば止めるだろうと考えていた。
だが。

「こんなしょぼい店なんて、来る方がおかしいわ。コーヒーやケーキだってどうせ安物でしょ?全然美味しそうじゃないわ」

ぷちん、と頭の中で音がした。
俺達や店の事は良いが、他のお客や出し物まで馬鹿にするのは行き過ぎだ。
ましてやこいつは俺の友人にまで唾を吐いたのだ。
堪忍袋の緒が切れ、言い返そうと口を開こうとした。その時、

バシャン

一瞬何が起きたのか、頭の中で整理するのに時間がかかった。
呆然と立ち尽くす俺と、同じく呆然として顔からコーヒーを滴らせている女。
その隣には女が注文したコーヒーのカップを掴んで何食わぬ顔をしている跡部がいた。

「ちょっ…何すんのよ!馬鹿じゃないの!?」
「アーン、馬鹿だ?誰に向かって言ってやがる」

ヒステリーな声をあげる女に対して、跡部は冷たい表情のまま。

「この服高かったのに…!警察に突き出してやるわ!」
「ほお。店を侮辱した挙句、人の会社のコーヒーまで馬鹿にした自分は棚に上げて警察か。随分と頭の悪い雌ネコだな」
「なっ…」
「流石にもういいって、跡部」
「あそこまで馬鹿されて黙ってろってか?」

はっとして仲裁に入ると、何かを思い出したのか、“跡部”という言葉を聞いた女は真っ赤にしていた顔を真っ青にさせた。
跡部は鋭い眼光を女に向け、冷たい声で言い放った。

「ここはお前みたいな奴が来て良い所じゃねえんだよ。帰れ」

跡部の言葉に、女は娘の手を引いて素早く店を出ていった。

「ったく…あんな奴にあそこまで言わせて何も言い返さねえとは、とんだお人好しだな」
「いや、言おうとしたけど跡部のお陰で出る幕無くしたんだよ」
「まさかコーヒーかけるなんて思わなかったよ」

窓を開けつつ、水モップを持ってきた淳の言葉に同意する。

「アーン、友人を馬鹿にされて黙ってられるかよ」
「え」
「何だよ、友人じゃないってか?」
「あ、いや。そうじゃないけど、あれだ、うん」

一方的に友達だと考えてたから、まさか跡部が友達だと思っててくれたとは思わなかった、なんて言えない。

「亮、何まぬけ顔してんの?」
「普通の顔だろ。言っとくけど淳も同じ顔だからな」
「えっ嘘」
「お前ら何漫才してんだ」


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