また来た。
「こんにちは、今日もずっとそこにいたんだ」
公園のベンチに座っている俺に、そいつはいつものように馴れ馴れしく話し掛けてくる。
「いつもそこにいるけど暇じゃないの?」
「お前に関係ないだろ」
「本とか読まない?面白いのがあるんだ」
そいつは俺の言葉を無視し、バックから一冊の本を取り出して俺に押し付けた。
この男、自分から話し掛けたくせに無視とか自分勝手すぎるだろ。
「軽い読み物だからさ、暇つぶし程度に読んでみなよ」
渡された本は全く軽いとは思えない、古くて厚い本だった。
ページを捲っても外見同様、日本歴史の難しい文章ばかりが羅列したもので、これを軽いと言えるこの男の頭を疑った。
返そうと思って振り向くと、男はすでに公園の出口に立っていた。
「明日取りにくるから、そのときに感想聞かせてね」
そう言うと男は帰っていった。
どうせ読まないから感想なんて言う必要もないが、また明日あの男が来ると思うと憂鬱な気分に襲われて頭を抱えたくなる。
しかし暇なことには変わりなく、本のページをただパラパラと捲っていると、表紙の裏に万年筆で書かれた名前を見つけた。
『木更津 淳』
これはあの男の名前だろうか。
そういえばあの男と出会って二週間になるが、名前を聞いていなかったことに今更気が付いた。
それは俺も同じだが、別に呼び合うつもりはないから気に留める必要なんて無いか。
「こんにちは、どうだった?」
本当に来たよ。
何が楽しいのか、ニコニコと笑顔で俺の隣に座る。
俺は「面倒くさい」の言葉と一緒に本を返した。
もちろん中身は全く読んでいない。
「そっか、ならこっち読んでみない?」
男はまた別の本をバックから取り出し、俺の嫌な顔も気にせずそれをまた俺に押し付けた。
今度こそ読む気がない、と男の手を突っぱねるが、その手に無理矢理本を持たされる。
「1ページでいいから読んでみて」
何を伝えようとしているかは分からなかったが、その強い目に気押されて本を膝に乗せた。
よくみると、渡されたのは本ではなく日記だった。
長年使っていたのか、淡い青のカバーは傷が目立ち年季が窺える。
書いたのは男なのだろう、お世辞にも綺麗とは言えない雑な字が連なっていた。
『7月○日 明日は久しぶりに淳が帰ってくる日だ。兄弟なのに一緒に入れなくて少し寂しいけど、その代わりみんなで盛大に迎えてやろう。淳の驚く顔が早く見てみたい』
淳、とは確かこの男の名前だったはず。
なら恐らく、この日記はこの男の兄弟の物なのか。
それは分かったが、なんで俺にこれを見せたかったのかが分からない。
俺とこの男が出会ったのは二週間前で、向こうから時々物を押し付けられたり会話も男の一方的なもので、それ以前の接点なんてまるで皆無だ。
いくら考えても意図が掴めず、恐る恐る男の顔を盗み見る。
「亮」
口から溢れたのは一言。
男は今にも泣き出しそうな顔で呟いた。
「僕の大切な兄なんだ」
視線は前を向いているが、その目には何も映されていない。
でも亮という名前が妙に胸の中に引っ掛かる。
なんだか懐かしいような、聞き慣れたような、そんな感覚が頭を埋め尽くす。
「でも、もう会えないんだ。亮にはもう会えないってわかってるんだけど、それでも、ほんとに馬鹿みたいだね」
男は涙と共によくわからない言葉を吐き出す。
「亮は死んだのか」
男は涙で濡れた悲しそうな目を向けながら日々を横に振った。
「じゃあ会えるんだろ」
「・・・わからない」
「なんだよそれ」
「確かに死んでないけど、ほとんど同じだから」
「お前の言葉って難しくてよくわからないな」
「・・・本の読み過ぎかもね」
涙を拭いながら皮肉めいた笑みを浮かべた。
この男に何があって、何を考えているのかはよくわからないが、きっとこいつは寂しいんだろう。
そう考えると、変な言動も多少は気にならなくなった。
返そうと日記を閉じると、後ろに『木更津 亮』と名前が書かれている。
ふわりと吹いた風が、俺の長く伸びた髪を僅かに揺らした。
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双子の話と言い張る。
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