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今日はたまたま休暇がホープと重なった。
天気は生憎の雨だったがめったにない機会だということで、ホープの提案でショッピングに来ていた。
「ライトさん!見てください!このティーカップすごくオシャレじゃないですか?」
ホープはアンティーク調のティーカップのセットを手にとって目を輝かせていた
「いいんじゃないか、ティータイムが一層楽しいものになりそうだ」
この間私がティーカップを洗っている際に洗剤で手を滑らせて取っ手の部分を割ってしまってから、家ではマグカップで紅茶をたしなんでいた。
「久しぶりのショッピングは気分が晴れていいですねぇ」
ホープは購入したばかりのティーカップが入ったショップバックをもってほくほくした顔で楽しそうにしている。
「ああそうだ、ずっと思ってたんですけど、この際ライトさん用の足りない生活用品もそろえてしまいましょうか」
「お前の家にあるもので十分足りているんじゃないか?それに住み始める時に必要なものは調達しただろう?これ以上私物をお前の家に増やす訳には…」
「ライトさん、あの家は僕の家じゃありませんよ、僕と貴女の家です。いい加減自分の家だという自覚を持って欲しいものです。僕はあなたと暮らせる事が幸せなんですよ。」
生活に慣れて安定するまで という条件でホープの家に住んでいたが
アリサのジョークがあってからもずっとホープの部屋で世話になっている。
いい加減生活にも慣れてきたところなのだが、ホープの部屋を出て一人で暮らし始めると考えると寂しいような気持ちになる。
それほどこの生活が当たり前で、温かいものだと知ってしまったからホープに甘えてずるずるとここまで来てしまった。
「だからずっと一緒に住みたいなぁなんて…」
ホープがホープ特有の笑顔をうかべている。まるで幸せだと顔にかいてあるようだ。
「ホープがそう言ってくれるなら私もお前に甘えさせてもらうよ。」
ホープと私の関係とはなんなんだろう。
ホープが私に恋愛感情を抱いているという告白は受けているし、あの時答えは出せなかった私自身の気持ちはホープにいまだ伝えきれていない。
それ故に私達はおそらく恋人という関係ではないのだろう。世の中には恋人以上友達未満なんて言葉もあるがそれ以上にもっと曖昧な所に位置している。
私さえ認めてしまえばすぐにでも進展する、しかし私にはそれができないでいた。ただ漠然としか見えていない私の使命が私が素直な気持ちをホープに伝えるのを妨げているのだ。
「巷では、僕とライトさんは同棲しているという噂があるみたいですね」
ホープについてあれこれ考えているときにホープに同姓などという話題を出され私は素っ頓狂な声をあげてしまった。
「同棲!?」
「ええ、たまにこうやって二人で歩いていることや同じ時間に出勤していたり、そういうのをたまたま目撃した人がそのような噂を思いついたのだと……
…すいません、ライトさん嫌…ですよね…二人で歩いたりするの控えた方が…」
ホープがしょんぼりして少し俯いた
「その必要はない。嫌でなどない。しかしお前も大変だな、アカデミアではお前の事を知らない人の方が少ないだろう。これも噂なんだがお前のファンクラブまであるそうじゃないか。」
そういうとホープが照れたように笑った
「沢山の人の支持をいただけるのはとてもありがたい事です」
「ホープ、あの店なんて良さそ…」
降りしきる雨を傘で受け止め雑談をしながら一本下の道にある店に向かって歩き出す。
階段にさしかかった時だった。
普段の私ならすぐに気付いて対処できていたはずだった。雨音と悪い視界に気をとられていたこともあったのかも知れない。
突然後ろから凄い力でつき飛ばされ、私は空中に身を投げ出された。
目の前は長い下り階段、さっきまで持っていた荷物が宙を舞い世界がスローモーションのようにゆっくりと再生される。
油断した―そんな考えが浮かんだ瞬間私はすらりとした腕に抱き止められた。
次の瞬間気がついた時には私は地面に横たわっていた。
自分の身に何が起こったのか理解不能で、ぼやける私の意識を周りにいた人の悲鳴が少しの間だけ現実に引き戻した。
「ホー…プ…?」
ホープは私をしっかりと胸に抱きとめたまま動かない
ざぁざぁと振る雨が私達から体温を奪ってゆく
私のものではない生暖かい液体が体の下に染みてくるのを感じた。
私は薄れゆく視界の中ホープの体温をだけを感じていた。
分厚く黒い雲が幾重にも重なり合う暗い暗い空だった。
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