その日も、レイは書斎にこもり、いつまでも減らない書類の対応をしていた。
何か手伝いをしたいのだが、椅子の隣に直立したまま何もできないでいる。
当時、文字はまだ教わっておらず、覗き込んだ際に目に入った文章は記号の羅列でしか無かった。
明らかに、自分は役立たずでしかないのだが、それでも仕えている手前、主人の多忙に召使いが休む訳にはいかない。
そんな時、シセラの思いを察したのか、もしくは本当に頼み事をしたかったのか、
「何か、淹れてくれ」
長々とした文書に目を通しながら、レイが口を開いた。
「あ…はいっ」
ようやく仕事を言いつけられたシセラは、揚々としながら書斎を出て行く。
しばらくすると、淡いカップに注がれた、濃い紅のお茶。
「いかがですか?」
紅茶を一口飲んだレイは、ことり、とカップを置くと渋い表情になった。
どうやら、気に入らなかった部分があるらしい。
「…もういい」
感情を抑えた声音。まだ中身がほとんど残るカップを突き返すと、先程見ていた紙に目を通し始めた。
「…すいません…」
表面上は申し訳ない気持ちをだけを見せ頭を下げるが、心中は悲しさとやるせなさで酷く動揺していた。
カップを素早く片付けると、急いで廊下に出る。
厨房の近くまでくると、心に溜まっていた鬱蒼とした何かが溜息となって漏れた。
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