小さな喜び

陽はとうに沈み、真っ暗な闇夜には幽遠な月が浮かんでいた。

屋敷の中は既に明かりが灯されていた。広すぎる建物。故に灯されているのも、二人が使用している一角だけだった。

そのうちの一室、屋敷の個室くらいある厨房にシセラはいた。

薄めの料理本を片手に、ぐつぐつと蓋の下で美味しそうな音をたてる鍋とにらみ合う。

時折蓋を持ち上げれば、白い蒸気と共に塩気を含む匂いがシセラの鼻孔をつついた。


「…大丈夫…かな…」


本と鍋を交互に見、不安そうに顔をしかめながらも小さなスプーンで味を見る。

初めて、口にする味。それでも不味いと思うことは無かった。

それどころか、今まで作ってきたものの中では一番良い。沈み気味だったシセラの気持ちが少しだけ明るくなった。


壁に掛けてある白いシンプルな時計に目をやれば、ちょうど夕食の時間。

温めた深皿に料理を盛り付けると、ダイニングに運んでいった。


「マスター、夕食の準備ができました」


声をかけると、ソファから無表情な瞳が見上げる。


…まだ不機嫌なのだろうか。


レイは書類を埋める手を止め無言で立ち上がると、ダイニングに向かう。

それを、シセラは心配そうに見追った。


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