「ほら、早く―」
少年の言葉が途切れたかと思うと、腕の痛みが消える。
パニック状態から落ち着いてよく見れば、シセラを捕まえた悪魔は地面に倒れて呻いていた。
なんだかよく分からないうちに解放されたようで、暫く呆然と地面に視線を向ける。
周囲の民衆からはざわめきが聞こえ、数秒後にそれが静まると、
「何をしている」
聞き慣れた、しかしどこか苛立ちの混じる声と同時に肩を掴まれた。
振り返る前に急いで涙を拭い、恐る恐るレイを見上げた。
予想通り、不機嫌な顔がそこにあった。その視線はシセラの肩を掠め倒れている悪魔に向いていたが、表情の怖さにシセラは体を硬直させる。
「ご…めんな…さい」
震える声で何度も何度も呟く。
迷惑をかけっぱなしな自分が情けなく、途中で嗚咽が混じると、シセラは俯き謝るのをやめる。
「…」
レイは何も言わない。肩を掴む手からは、怒りも何も伝わってはこなかった。
シセラは叱られることを覚悟し、再び目元の涙を拭き取ってから顔をあげれば、
「―」
レイと目が合う。
ようやくシセラの顔を見たレイの表情が微妙に変わる。もうそこには憤りは無かったが、代わりに無表情が支配していて、余計に感情が読み取れなかった。
「…離れるな」
抑揚に乏しい調子で言い、レイは荷物を持っていない方の手を取る。
予想に反して何も言われなかったシセラは、憂いと驚きに混乱しながらも、半分小走りの状態で、レイに引かれるようになりながら、悪魔で溢れ出した街道を後にした。
[←] | [→]
back