痛みに目を向けると、自分の手首に伸びる褐色の手。

一瞬、レイのものにも見えたが、


「―ひとりでどうしたの?お姫様」


直後耳に届いた声がその予想を打ち砕いた。

素早く顔を上げれば、見た目は同年代の少年が気味の悪い薄笑いを浮かべ立っていた。

明らかに、その類の人物。

脳内で激しく警鐘が鳴る。だが不意のことに困惑し、真っ白になった頭では悲鳴をあげることも、腕を振り払うこともできなかった。


「"イイトコ"あるからさ、一緒に行かない?」


レイとはぐれてしまったところを狙われたらしい。近くに彼の姿が見当たらず、心臓が異様に速く脈打つ。

「…嫌っ!」

ようやく発した声は、周りの喧噪にかき消される。


「行こう?」


がっしりと掴んだ腕に更に力がこもり、長く黒々とした爪が白い皮膚に食い込んだ。


「痛っ…」


視界がぼやけたかと思うと、暖かいものが頬を伝う。

それでも、男は相変わらずニヤニヤしたまま、強引にシセラの腕を引っ張った。

「いや…っ」

助けを求めようと辺りを見回して、シセラは余計に愕然とした。


こちらを見る目。街道の真ん中で起こってる事に皆気付いているのに、それを眺める瞳は皆一様に嗤っていた。

誰も、助ける気など無い。それどころか、些細な非日常を楽しんでいるようだった。


これが、"悪魔"の思考なのか。


シセラは信じられない思いでいっぱいだった。



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