「…お待ちください、姫様。」
落ち着いた、低い声が群集の外でし、リズが槍を振り下ろす動作を止める。
「ヨハネ…!」
シセラが喜んだ声を上げる。リズはそんなシセラを一瞥してから兵士の間を通り抜けてきた人物に視線を向ける。
背の低い、白髪の老人。感情が読めない、それでも優しそうな眼鏡の奥の小さな瞳。
紛れもなく、長年シセラに仕えてきた執事だった。
「ヨハネ…っ」
縋るような思いでヨハネに必死に視線を送るシセラを、ヨハネは見事に無視した。
「今ここでこの娘を処刑なされると、国内中が"王権剥奪のために殺人が行われた"と誤解しましょう。」
冷静なヨハネの言葉。
自分は救われるんだ、とシセラは安堵した。
…その時、
「…だから今は時間を置くべきです。」
「え…っ?ヨハネ…?」
愕然と仕切ったシセラの呼びかけにも反応を見せないヨハネ。
リズはもう一度シセラに卑しい笑みを向けると、少し考え、ヨハネに向き直る。
「…仕方ないわね。
で、いつ処刑するの?」
槍の先でうなだれているシセラの背中を小突く。
「五年…なら、疑いもかからないはずです。」
苛立ちを表すようにリズの眉がピクピクと動いたが、最後には、
「わかったわよ。
五年後の今日。
一秒足りとも延長はしないわ。」
槍をその場に放り棄てると、リズは、
「…疲れたわ。
それ、地下牢に閉じ込めといて。
見張りも付けて。
…逃がした奴は即死刑よ。」
カツカツとヒールを鳴らしながら、リズは法廷を出て行った。
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