ふっ、と何の前触れも無しに急に暗くなった室内。
書斎で本を読んでいたレイは、小さな溜め息を漏らすとパタン、と本を閉じた。
そして何もない宙に手をかざすと、ぼうっ、と赤い火の玉がそこに生まれた。
握り拳ほどの大きさしかなかったが、不思議と部屋の隅々まで照らしあげた。
壁際の棚まで歩み寄ると、そこに置いてある燭台を手に取る。手中の火炎を蝋燭に移すとそれまで明るかった部屋が一気に暗くなった。
それを持ったまま、廊下に出る。屋敷内は不気味なほど静かでドアが閉まる音がどこまでも響いた。
一方、まだバスルーム内にいたシセラは真っ暗闇の中でタオルを握りしめ立ちすくんでいた。
停電。
言葉では聞いたことがあるが、実際に経験したのはこれが初めて。視覚はもちろん、果てしない静寂に、聴覚すら犯された気分だった。
いつも夜寝るときと暗さは全く変わらないから、と自分に必死に言い聞かせるが、不安は確実に増していた。
「…どうしよう」
掠れた声が不気味に木霊し、シセラは肩を震わせる。
こうしていると、小さい頃に聞いた吸血鬼や魔物の話を思い出し、更に恐怖がつのる。
―ピチャン
シャワーから落ちた水滴。
なのに、なんだが血液を連想させる。
暗くなってまだ数分しか経ってないのに、何時間も暗闇に包まれている気がした。
目が暗闇になれると、目の前にある巨大な鏡や、その周辺のシャンプーのボトルの輪郭が見えてくる。
けれども、鏡の中の自分の姿が何か不吉な影と錯覚させ、シセラはぎゅっと目を瞑りしゃがみ込んだ。
すると、今度は聴覚が異常に働き始める。無音の室内でする微かな物音を敏感に感じ取った。
…コッ
耳を塞ごうとしたその時、どこか、バスルームの向こうの壁から小さな靴音が聞こえた。
「―!」
ドクン、ドクン、と一瞬で心臓の鼓動が激しくなる。その音が、不振な音をかき消した。
…魔物。
その二文字が脳裏に浮かんだ。
―コッ、コッ
心臓音で消こえなくなったと思った音は、少ししてまた耳に届く。気のせいでなければ、確実にこちらに向かって来ていた。
―怖い。
そんなシセラの気持ちなど全く知るはずもなく、音はやがてシセラの部屋の前で止まった。
「っ」
ここでようやく、シセラは耳を塞ぎ頭を埋めて小さく丸まった。
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